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第三話『ビトー』(九)

 ネルメはミリャトを信頼しておるようじゃ。本来出あれば、敵同士であるはずが、少なくとも魔族が攻めてくるという十年後までは利害関係も一致している。

 ネルメは魔族との戦いを勇者との一対一に持ち込む為。ミリャトは魔族の矜持を守り、魔族としての戦争に持ち込む為。確かに同じ方向を向いておる。そしてゴルゴン殿下を暗殺し、今、王都を襲っている魔族の一派というのは、双方からして敵でしか無いという訳じゃ。

 さらに魔族は同胞同士の争いを禁じてしまっておる。この魔族の一派は人間の手でどうにかせにゃならん訳だ。


 儂はネルメとミリャトから話を聞いて、とりあえず協力を申し出た。ドガー達、弟子達はネルメが匿っているという。

 要は人質じゃねえか。


 まあ、魔物に襲われたり、殺されずにすんで良かった。これまで儂について来てくれた連中じゃ。彼奴らの事は面倒を見てやりたい。


 ネルメ達と工房を出ると、来たときの土砂降りの雨は止んでおった。じゃが、代わりに濃霧が立ちこめ、これまで住んできた王都とは雰囲気が違っておる。


「まずは余の隠れ家に向かおう。貴方の弟子達もそこにいる」


 儂が了承したので、ネルメは隠れ家に移動することを提案してきた。

 寄生蛞という魔物の攻撃は止まっているが、まだ地下に潜伏しているらしい。いつ攻撃が再開されるか分からない。


「王都の他の住民はどうなっておる」

「……多くはミリャトが助けてはいたが、何人かは犠牲になった」


 そう言ってネルメは悔しそうに下唇を噛みしめた。その横顔は少年ながら背負っているものが儂なんかとは違う事を感じさせる。

 ミリャトの表情も曇っている。まあ、どうも魔族の暴走に対して同族として恥ずかしさがあることに起因するようじゃが、結果助けていることには変わりはない。


「この霧も魔族の仕業か?」


 儂らはネルメを先頭に歩きながら、隠れ家に向かっている。前を歩くミリャトに尋ねた。


「そうみたいね。霧に障気を混ぜて、魔物を活動しやすくしているみたい。寄生蛞は本来、宿主の体外であまり活動出来ないはずだから」


 障気が含まれていると聞いて、儂はあまり大きく息を吸い込むのを止めた。

 正直言うと、霧を吸うと儂も調子が良くなるような気がしていたのじゃが、人間には毒かも知れん。


「足は大丈夫?」


 少し引きずるような歩き方になってしまうが、痛みはあまり無くなった。話の後、ミリャトが簡単な治療を施してくれている。魔族の技術か、もう治り始めているようじゃ。


「問題ない。すごいの、魔族の治療というのは」


 ミリャトは少し驚いた様子だったが、得心が言ったのか笑って答えた。


「そうね。貴方は魔族の治療が体に合っていそうね」




 ネルメの隠れ家は、大通りを外れた、貧民街の中にあった。

 儂が幼少を暮らしていた所の近くじゃ。


「こんな所に王家の隠れ家が?」


 貧民街の更に裏路地じゃ。まともな人間であれば、まず近づこうとはせんところじゃ。

 普段は乞食で溢れる貧民街じゃが、王都が襲われている影響か、人の姿はない。


「余が懇意にしている商人に伝手を頼んだ。彼奴らは人を選ばんからな」


 金になれば何でも関わる。商人の逞しさは平民でも良く分かっている。


 ネルメが汚い板切を張り付けたような扉の前で止まった。

 独特の調子で扉を叩く。薄く扉が開き、中から汚らしい格好をした乞食が顔を覗かせた。


「『き、今日は、ま、満室でさあ』」

「『では王宮で寝るとするか』」


 合い言葉のようじゃ。二人がそう言うと、扉が開かれた。中は薄暗く、蝋燭の明かりが弱々しく瞬いている。床、天井が所々抜け、まさに貧民街の住居といった感じじゃ。


「さあ、ビトー氏も入れ」


 ネルメとミリャトに続き、室内に入った。中には乞食しか居ない。


「潜伏した寄生蛞がいつ動き出すか分からん。弟子たちに状況を説明しつつ、少し休んでおいて欲しい。余はミリャトと状況の確認をしておく」




 ムルムスと名乗った乞食に連れられ、地下に降りた。

 地下への階段は土造りになっており、気を抜くと滑り落ちそうになる。しっかりと壁を伝いながら、一歩ずつ歩を進める。

 一階分ほど下に降りると、長い廊下に出た。やはり土で出来ている。

 明かりは無いが、妙に奥まで認知出来た。廊下の突き当たりに扉がある。


「こ、この奥だ」


 ムルムスが舌っ足らずなしゃべり方で、扉の方を指差した。


「な、仲間に状況を説明したら、あ、上がって、こ、来い」


 そう言うと、ムルムスは再び土の階段を登り始めた。

 儂ははやる気持ちを押さえ、扉に向かった。


「お前ら!」


 扉を開けると、憔悴しきった顔のドガー達が居た。家具も何もない、まるで牢獄のような部屋じゃった。蝋燭がいくつか壁と床に置かれており、明るさに問題はない。


「し、ししょー!!!」


 ドガーが真っ先に気が付き、抱きついてきた。儂に男と抱き合う趣味は無い。すぐに突き飛ばす。


「ひ、ひどいっす!」


 尻を強く打ったようで、痛みに顔を歪めながら立ち上がる。


「うるせえ! 抱きついてくんな、気持ち悪い」


 そんな痛かっただろうか。ドガーは泣きながら儂に近づいてくる。

 不思議な事に、他の弟子達も泣いていやがる。おかしな奴らじゃ。じゃが、全員無事のようじゃった。


 儂は弟子達が落ち着くのを待って、部屋の中央に皆を座らせる。


 儂も顔中にかいた汗を拭うと弟子達に対面して座り、ネルメ達から聞いた状況を弟子達に説明し始めた。




 ドガー達は儂からの説明を何とか理解し、とりあえず安心したようじゃ。こいつらの頭で本当に理解出来たのかは、正直怪しいがの。


 今後やることは二つ。ネルメからの依頼じゃ。

 一つは魔物との戦い。これはドガー達にやらせる訳にもいかん。儂自身なぜ戦えたか分からないが、少なくともこいつらではすぐに殺されてしまう。

 もう一つは武器の製造。これは寧ろ、こいつらが居ない事には出来ん。色々言っても、弟子であり優秀な助手じゃ。特に勇者が使うなんて前代未聞の武器をつくらなけりゃならん。白い兜の夢で掴んだ構想もある。それを試すにも、こいつらの力が必要じゃ。


 儂はドガー達にとりあえず寝ておくように言った。こんな状況じゃから、一睡もしておらんかったらしい。目の下にはひどい隈が出来ている。


「とにかく、お前らは寝ておけ。儂もネルメ殿下と少し話をして休む」


 幸い季節的には地下でも寒さは感じない。ドガー達も疲れていたようで、儂の言葉にすぐに従って寝始めた。


「……さて」




 地上階の入って来た部屋に戻ると、ネルメとミリャトが、ムルムスと共に待っていた。


「改めて、弟子達を助けていただいてありがとうございます」


 半分人質のようなものという気もしていたが、彼奴らの命が助かったのは間違いない。

 ネルメには素直に礼を言った。


「余の目的とも一致していただけだ。礼を言われることではない」


 目的の為なら敵国の魔族とも組む少年じゃ。言葉道りの意味じゃろう。


「それでも、礼は言わせてくだされ」


 儂らは部屋の中央にある机についた。ムルムスだけは、ミリャトの後ろに控えて立っている。ムルムスはミリャトの従者なのかも知れん。


「それで今後の方針だが……」


 ネルメが代表して話を進める。


 十年後の魔族の侵攻に備え、勇者とそれに見合う武器を準備せねばならん。王家中央で探していないのかと思ったが、魔族の国は基本的な自治を認める約束をしているらしく、容認派、つまり属国化の方向に話が進んでいるらしい。

 勇者の選定はネルメの方で行うこととなった。儂は伝手もないので手伝うことも出来んしの。

 武器については、十年後までに出来上がれば良いかと言えば、そうではないらしい。勇者として鍛錬を積む期間は長ければ長いほど良い。本番だけ新しい武器に変える訳にもいかんのじゃろう。


「しかし、どこで武器を作れば……」


 寄生蛞はまだ残っている。その他の魔物が襲って来ないとも限らない。集中して武器製造が出来る環境が必要じゃ。それに生活費、食い扶持の問題もある。


「王家を追放された身だが、ある程度の蓄えはある。しばらくは暮らしていけるだろう。だが、工房については使い慣れた今のものが良いだろう?」

「職人の技術は腕に宿るもんです。最低限の設備があれば、最高の結果を出しましょう」


 儂は自分の腕を叩きながら答えた。一度失った腕じゃが、今のところまるで違和感はない。


「そうか。では新しい工房を探さないといけないな。何か考えはないか?」


 ネルメはミリャトを見ながら尋ねた。倒そうとしている相手に聞くのもおかしいがの。


「この間鎧蜥蜴を探して北上した時に、私達に組みしている魔族の集落があったの。そこでは鎧蜥蜴の皮を材料に、鍛造をしていたわ。そこの設備を使うのは?」

「敵に工房を借りるんか?」


 ミリャトは口角を上げ、妖しげな笑みを浮かべた。舌で唇でも舐めれば、誘われてると勘違いしてしまいそうな表情じゃ。


「今更でしょ? それに私達は貴方達人間が強ければ強いほど、魔族間での発言力が強まるの。子供に勝っても自慢出来ないでしょ?」

「言ってくれるのう……」


 じゃが、聞けば警察隊の詰め所を兵を皆殺しにしたのは、やはりミリャトだという。

 少なくとも個人での戦力は、彼此との差は今のところ歴然じゃろう。素直に皮肉を聞くしかない。


「では王都を脱出しよう。……ただ、このまま王都を放って置く訳にはいかない。余が戻って陛下に伝えても良いが、それでは勇者を選定するのは不可能になる。王家は容認派しか受け入れんだろうからな」

「どうするんですじゃ?」

「王国に自らの力で王都を守ることが出来るよう、一度この霧を晴らす必要がある。身中に魔物が居たままでは、外敵から守る余裕を作れない」


 ネルメの発言に、ミリャトも頷いた。


「この霧はゴルゴン殿下を暗殺した魔族が発生させたものよ。王都全体を覆うなんて結構大がかりな仕掛けでしょうから、一度晴らせばしばらくは発生しないし、王家も今度は注意するでしょうから、内部から攻撃を受ける事はないでしょうね」

「どうすれば、霧は晴れるんじゃ?」

「寄生蛞が地下に潜伏したのは、霧の発生源が地下にあるからだと思うわ。いくら動きやすいとは言え、この程度の濃度の障気じゃ、ずっと寄生せずに生きていけないはずだもの」


 ミリャトの言葉に、ネルメが頷いた。


「では王都地下にあると思われる霧の発生源を叩く。その後すぐに北の魔族が居るという集落に向かおう」


 あまり戦いたくは無いが、一応の方針は決まった。

 

 とりあえず消耗が激しいので、儂は出発まで眠る事にした。

毎週日曜の夜に更新します。

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