第6話 盤外戦術
決闘当日。部室は満員だった。
三人戦は、予想通りに進んだ。戸田も巻島も、序盤から俺に同盟を持ちかけてきた。俺は両方の申し出を受けた。二重スパイである。二人は互いに「熊沢さんは俺と組んでいる」と信じたまま、俺の采配で潰し合い、中盤には両者の戦力が完全に拮抗して、盤面は一手も動かせない完全な膠着に落ちた。
「……詰みだ。三人とも動けない」
戸田が呆然と言った。俺は盤を見下ろして、初めて口を開いた。
「そうだな。で、わかったか。──これがお前らの部の現状だ」
部室が静まり返った。
「俺は両方と組んだ。両方に"わかる"と言った。お前らはそれで疑心暗鬼になって、殴り合って、共倒れた。……この盤、誰が悪い? 二重同盟を組んだ俺か? 確かめもせず信じたお前らか?」
俺は駒を一つ、盤の中央に置いた。
「幼稚園からの親友なんだろ。二十年物の同盟が、入部半年の女の"わかる"一言で割れてんじゃねえよ。学祭なんぞ、大会やって、隅にまったり卓を置きゃ済む話だろうが。──俺は降参する。あとは二人でやれ」
立ち上がって部室を出た。背後で、どちらのものかわからない笑い声が聞こえた。二つ分、聞こえた。
*
学祭のボドゲ大会は、大盛況だったらしい。大会エリアの隅に「まったり卓」が常設され、戸田と巻島は肩を組んで閉会の挨拶をしたと聞いた。
らしい、と聞いた、なのは、俺がまた退部したからだ。二重同盟の女が部に居座るわけにはいかない。それが盤外戦術の対価というものだ。
退部届を出した帰り道、当然のような顔で皆川あさひが隣を歩いていた。
「軽音は分裂させて去り、ボドゲ研は修復して去る。……あなた、本当に何者なんですか」 「ただの学生だが」 「嘘ですね。所作が全部、四十代の管理職なんですよ。飲み屋の説教の仕方も、帳簿のつけ方も、"異動"での解決も」
心臓に悪い女だった。俺が黙ると、彼女は追撃をやめて、代わりに一枚のビラを差し出した。
「それより、クラッシャーさんの次の仕事です。──私のクラスの新入生が、ヤバいサークルに捕まりました」
ビラには、洒落たロゴでこう書いてあった。
『インカレイベントサークル RAVE 新歓BIGパーティ開催!』
「イベサー"レイヴ"。新歓パーティと称して新入生の女の子を集めて、酒で潰して、あとはお察しです。参加費も違法スレスレの取り立て。大学も手を出せない外部サークルで、毎年泣き寝入りが出てます」
皆川の声は、いつもの探偵ごっこの調子ではなかった。
「熊沢さん。あなたの力、初めて意図的に使う気はありませんか」
俺はビラを受け取った。四十六年生きてきて、こういうサークルが一番嫌いだ。二十八年前から、ずっと嫌いだ。
「──いいだろう。潰し方なら、俺が一番よく知ってるらしいからな」
(第6話・了)
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