第4話 ボードゲーム研究会
ボドゲ研の部室は、天国だった。
薄暗い部屋に、酒もなく、楽器もなく、汗の匂いもなく、ただ盤と駒とカードがある。部員は十五人ほど。会長の戸田と副会長の巻島が幼稚園からの親友同士で立ち上げたサークルで、二人の仲の良さがそのまま部の空気になっていた。
「熊沢さん、経験は?」 「麻雀と、花札と、将棋なら」 「充分です!」
俺は今度こそ学習していた。サシの誘いは受けない。相談は部室で受ける。飲み会は全体でのみ参加。完璧な防御態勢だ。
そして、防御に徹するつもりが、俺には致命的な習性があった。営業二十四年で骨まで染みた、幹事力である。
例会の菓子が毎回偏るのを見かねて、買い出しリストを最適化した。備品のスリーブが不足しがちなのを見て、発注サイクルを組んだ。新入生が輪に入れないのを見て、初心者卓を常設させた。会計のどんぶり勘定を見て、帳簿をつけた。全部、勝手に手が動いただけだ。会社で万年幹事だった人間の、悲しい条件反射だ。
「熊沢さんが来てから、うちの部、回りすぎてて怖い」
戸田は感動していた。巻島も感動していた。それがまずかった。
二人は俺に、別々に、相談を持ちかけるようになった。戸田は「秋の学祭で大型ボドゲ大会をやりたい」、巻島は「いや部の伝統的にはまったり路線を守りたい」。俺はそれぞれの話を、部室で、防御態勢のまま聞いた。聞いて、それぞれに「わかる」と言った。営業の相槌だ。深い意味はない。
だが「わかる」と言われた男は、こう思うのだ。──熊沢さんは、俺の側だ。
皆川あさひがミステリ研の帰りにふらりと部室に現れて、盤面を一目見て、俺にだけ聞こえる声で言った。
「また、やってますね」 「何もしてねえが?」 「戸田さんと巻島さん、昨日、創部以来初めて喧嘩したらしいですよ。議題は学祭。──でも本当の議題が何かは、外野から見ると丸わかりなんですよね」
嫌な汗が出た。文庫本の探偵みたいなことを言うのはやめてほしい。
「熊沢さん、あなた自覚したほうがいいですよ。あなたの"平等"は、火薬庫で平等に火を配って歩いてるのと同じなんです」
(第4話・了)
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