第3話 新歓ライブと三つの告白
異変が表面化したのは、ライブ一週間前だった。
立花と二階堂が、音を合わせなくなった。正確には、合わせているのに喧嘩をしているような音を出すようになった。大森のドラムはやけに攻撃的になり、三人はスタジオで目も合わせない。演奏は日に日に崩壊していった。
「おい。お前ら、何やってんだ」
問い詰めても、三人は「別に」と言うだけだった。別に、が別にだったことは人類史上一度もない。
原因が俺だと知ったのは、幽霊部員の女子、皆川あさひからだった。ミステリ研と掛け持ちしているという彼女は、部室の隅で文庫本を読みながら、ページから目も上げずに言った。
「三人とも、熊沢さんが自分の"本命"だと思ってるんですよ。で、互いに牽制し合ってる。──気づいてなかったんですか? 逆にすごい」 「……は? なんでそうなる」 「サシ飲み、二人きりのスタジオ、朝まで麻雀。役満ですね」 「全員としてるが?」 「それを本人たちは知らない。知ってても認めない。恋する男子の認知って、あれ、欠陥品なので」
皆川あさひ、恐るべき観察眼だった。そして俺は頭を抱えた。男避けのために口を悪くして、目つきで威嚇して、それでこの様か。
ライブ前日、俺は三人を居酒屋に呼び出した。四十六年の人生で学んだことがある。こじれた人間関係は、しらふでは解けない。
「いいか、お前ら。今から俺が言うことを、一言も聞き逃すな」
ジョッキを置いて、俺は言った。
「俺はお前ら三人と、まったく同じだけ飲んで、まったく同じだけ語って、まったく同じだけ面倒くせえと思ってる。差はねえ。ゼロだ。わかったか」
三人は、しばらく黙った。それから立花が、絞り出すように言った。
「……で、でも、それなら、これから先は……可能性は……」 「ねえよ。俺はお前らの色恋のために音楽やってんじゃねえ。お前らもそうだったはずだろうが。──明日のライブ、下手な音出してみろ。全員シメる」
結論から言えば、新歓ライブは大成功だった。三人は憑き物が落ちたように演奏し、飛び入りで一曲弾かされた俺のギターは、なぜか翌日、大学の裏掲示板で「ジャンクビートの謎の美女」としてバズっていた。新入部員は過去最多の十一人。
めでたし、めでたし──とは、ならなかった。
ライブの熱が冷めた三日後、立花、二階堂、大森は、それぞれ別々に、俺を呼び出して告白してきた。あの説教はなんだったのか。俺は三人に、まったく同じ台詞で答えた。「悪いが、その気はねえ。バンドは続けろ」
三人は納得した、と思う。だが、振られた男が三人、同じ部室に毎日集まって、何事もなく音を合わせられるかというと、人間はそこまで強くできていない。部の空気は妙に湿っぽくなり、練習は減り、一年の新入部員たちは「先輩たち、なんかあったんすか」と囁き合った。
俺は、退部届を出した。俺がいなくなるのが一番早い。二十四年の会社員生活で学んだ、異動という解決策だ。
退部の日、皆川あさひだけが部室の外まで見送りに来て、文庫本を閉じながら言った。
「熊沢さんが辞めても、あの三人の傷は残るんですけどね。──ね、クラッシャーさん」 「誰がクラッシャーだ」 「もうみんな言ってますよ。"クラッシャー・クマザワ"って」
冗談じゃない。俺は何もしてない。メシに誘って、相談に乗って、説教しただけだ。
俺は、もっと平和なサークルを探すことにした。恋愛感情が発生しようのない、穏やかで、文化的な場所を。
たとえばそう──ボードゲーム研究会、とか。
(第3話・了)
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