第10話 二十八年前
二十八年前の話をしよう。長くはしない。今でも、長く話せるほど整理はついていない。
あの頃のジャンクビートには、俺と、相棒の哲がいた。俺がギターで、哲がベース。中学からの腐れ縁で、プロになる気もないくせに、毎日部室で音を合わせて、それだけで世界は足りていた。マネージャーの千夏さんという一つ上の人がいて、俺は彼女に、たぶん人生で一番まっすぐに惚れていた。
三年の春、綾瀬美沙が入ってきた。楽器はやらない。「音楽が好きだから」と言って、部室に座っているだけの人だった。綺麗な人だった。そして、いま思えば、あの人が座ってから、部室の空気は少しずつ発酵し始めた。
誰と誰がサシで飲んだ。誰が誰の家に行った。美沙さんが「あなたにだけ話すけど」と言った。──三カ月で、部内に三つの三角関係ができた。半年で、哲が先輩を殴った。理由は今も知らない。哲は部を辞め、俺との連絡も絶った。千夏さんは「もう疲れた」と言って来なくなり、ジャンクビートは冬を待たずに活動停止した。
美沙さんは、最後まで部室に座っていた。壊れていく様子を、綺麗な顔で眺めていた。全部が終わった日、彼女が帰り際に言った言葉を、俺は二十八年間、忘れたことがない。
「人の繋がりって、こんなに簡単に壊れるのよ。面白いでしょ」
*
「──というわけだ」
喫茶店で、俺は皆川に、初めて全部を話した。四十六歳であることも、治験のことも、二十八年前のことも。話し終わるまで、皆川は一度も口を挟まなかった。
「……道理で、と言いたいところですが、一個だけ予想が外れました。中身がおっさんなのは読めてましたけど、"同じサークルの被害者"は読めなかった。ミステリ研の名折れです」 「読めてたのかよ、おっさんは」 「初対面のときから。でも、いいんじゃないですか。私は、今の熊沢さんとしか会ってないので」
こともなげにそう言って、皆川は本題に戻った。
「アプロディーテは、レイヴみたいなインカレサークルを首都圏で十二個"運営"してます。手口は全部同じ。学生に箱と酒と手口を与えて、上前をはねて、潰れたら次を作る。被害はうち一校の話じゃない」
「二十八年、同じことを続けてるわけだ。趣味と実益を兼ねてな」
そのとき、俺のスマホが鳴った。知らない番号からのメッセージだった。
『はじめまして、クラッシャー・クマザワさん。うちのレイヴが、ずいぶんお世話になったみたいで。 一度お茶でもいかが? あなたのやり口、とても懐かしい感じがしたの。 株式会社アプロディーテ 蝶野美沙』
(第10話・了)
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