Episode.7
手ぶらで行くのも何だろう。手土産でも持って行くか。
その程度の軽い気持ちだったのだが、シリルはものすごく後悔した。
皇都で人気のケーキ屋と言うから寄ってみたのだが、ケーキを買うどころではなかった。
公爵家の家門の馬車で来たのが良くなかった。馬車から降りるなり、ケーキを見る間もなくVIPルームへ通される。そこまでは、まあ許す。だがこの椅子の両側に侍る女性達には理解が及ばない。
「今日はいつもと雰囲気が違いますね」
「ミステリアスでとても惹かれます」
「少しでいいから、私と遊んでくださらない?」
シリルになってからは女性に縁がないが、前世ではそれなりにお付き合いをしていた。しかしこんなに不躾に言い寄られるのは初めてだ。それほどシリルの顔は魅力的なのだろう。と、客観的に捉えてみる。
(どうしたものか)
どうやらこの店主とレディ達は自分の事をアレックスだと勘違いしている。
(夜会の一件はまだ一部の者しか知らないよな)
ケーキ屋の店主がアレックスは謹慎中であることを知るはずもない。
「ラウザー小公爵。いつもご贔屓にしてくださってありがとうございます。今日はお一人なのですね。すぐにいつもの物をご用意致しますので、お待ちください」
「まだ注文をしていないが」
「お連れ様がいつも召し上がっている、桃のピューレのケーキでしょう?あといくつかお勧めのものと‥‥」
(連れ‥‥というと)
「店主。俺の連れとはどちらだったかな?金髪美人の方か?桃色の髪の方か?」
店主は質問に違和感を感じた。いつもの軽薄さがなく、空気が重い。
「金髪の方は存じ上げません。いつもの桃色の髪のレディでございます」
「そうか。対外的には、アレックスの婚約者は金髪だったのだがな」
店主が悪い訳ではないが、怒りを抑えれず声に怒気が籠る。
この二日の間に愚兄に何度嫌気が差したことだろう。
「店主。桃のケーキ以外の全てのケーキを包んでくれ。あと、この女性達を下がらせろ。アレックスの機嫌を取るには適切なのだろうが、俺には合っていない」
重低音のまま声を出すと、女性達はサッと青ざめてすぐに離れた。店主は慌てて頭を下げる。
「た、大変申し訳ございません。弟君の‥‥シリル様でしたか。すぐにご用意致します」
店主と女性達は慌てて下がり、部屋にはシリルとシリルの護衛で同行していた騎士のみになった。シリルは深く息を吐き、用意されていた茶を口に運んだ。
「――ふぅ。アレックスと間違えられるのだけは耐えられないな。不快だ」
シリルが言うと、今まで静かにしていた護衛騎士が口を開いた。
「髪を上げられると、本当に似ておられます」
「やめてくれ」
シリルは辟易して言った。
「ときに、シリル様。今から伺おうとされているアウグスタ邸には、先触れは出されているのですよね?」
護衛騎士のライナスは気になっていた件をようやく聞いた。彼もまた、シリルの変貌ぶりに動揺し、聞くべき事を聞けないでいたのだ。
「‥‥先触れ?」
ライナスは衝撃を何とか隠した。
シリルはしばし思案して、思いついたように言った。
「ああ!先触れか。そうだな」
ライナスの顔に安堵の色が現れる。
「していないが?」
ライナスの膝が思わずガクリと崩れる。
「ははは。どうした。コントみたいに」
「コン‥‥?シリル様、先触れをせずに訪問してはいけません。ましてや、ご令嬢の家に」
ライナスは慌てて言ったが、いまいちシリルには響いていない。
(先触れか。確かに貴族間でそういう事もするみたいだな。あまり仰々しくなるのもミネルバが困るだろうし、軽く訪問したいだけだからな)
「大丈夫だ。訪問と言っても、すぐに帰るつもりだ」
全く危機感の感じていないシリルに、ライナスは何と言っていいか分からず口籠る。
(シリル様は邸宅からほとんど出られた事がない‥‥社交もしてこられなかったから分からないのか)
「シリル様、訪問の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ライナスは考えた。どうでも良い訪問ならば、無作法だろうとシリルに害はないだろう。
「うん‥‥理由か。そうだな。謝罪‥‥をしに行くんだ」
ミネルバに会いたいというだけなのだが、謝罪も嘘ではない。昨日の口だけの謝罪ではとても足りない。謝罪すら出来ぬ愚兄に変わり、誠心誠意謝っておかねば。
頭の中で言い訳めいた事を考えながら、百面相をするシリルを見て、ライナスは悟った。そして願った。これから行く邸宅の主が、どうか寛大な方であることを。
高位貴族が先触れもなく訪れるのは、相手側を侮っている事に他ならない。
懇意にしている相手ならば、その限りではないが。そうではない。
ライナスはどう立ち回れば主が不利益を被らないか頭をフル回転させた。
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✾シリルの護衛騎士、ライナス。これからちょくちょく登場します✾




