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【連載版】夜会で「婚約破棄しよう」という常套句に呆れて振り返ったら、双子の愚兄だった件。  作者: 織子


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Episode.6


夜会の翌日。前世の記憶が戻った翌日。シリルは早速頭を悩ませていた。


「‥‥‥服がないな」


昨日までの自分は一体何を着ていたのか?クローゼットには最低限のシャツとスラックス。本当に公爵家の令息か?

(改めて見るとひどいな)

使用人に捨てられた訳でも、冷遇されていた訳でもない。

シリル自身が頑なに衣服を増やさなかったのだ。‥‥‥変人だったから。


「‥‥はぁ」

シリルは仕方なくベルを鳴らした。





ラウザー公爵邸の侍女長メリザ・タスクドは目を疑った。昨夜、執事から話は聞いていたものの、実際に見てもまだ信じられない。

メリザは公爵邸に仕えて長い。それこそ双子が産まれる前から仕えている。もう何年も言葉を交わしていない公爵家の次男に呼ばれた事にも驚いた。俯き、相手の目も見れなかったシリル。それが別人のようにはっきりと、堂々と話している。眼は前髪に隠れて視線は合わないが、立ち姿からして別人レベルだ。


「メリザ?聞いているか?出掛ける為の服を用意して欲しいのだが」

メリザは我に返り、慌てて返事をした。


「失礼致しました。すぐに仕立て屋を呼んだとしても、午前中にご用意出来るかどうか‥‥」


「ふむ‥‥仕方ないな」

シリルは気が進まないが、どうしても今、必要なのだ。


「兄上のを借りるか」

シリルの言葉に、メリザは驚いて絶句した。


「‥‥‥っ?あ‥‥、いえ。分かりました。すぐにご用意致します」

メリザは動揺してしまった自分を恥じた。

(まさかシリル坊ちゃんがアレックス様の服を借りるだなんて‥‥)


シリルを見ると、前髪の隙間からかすかに微笑った目が見えた。


「すまないな。慣れてくれ。今日から俺はこんな感じだ」


「坊ちゃんが謝られることなどありません。どちらへ出掛けられますか?衣服のご用意と一緒に、馬車も準備致しましょう」



メリザはシリルから行き先を聞くと、一礼して部屋を出た。扉を閉めて、足取り軽く向きを変える。

(シリル坊ちゃんがお出掛けの為に衣装を!メイド達に言ったらなんとも喜ぶ事でしょう。アレックス坊ちゃんの衣装部屋から大きめな物を見繕わなくては)


シリルの晴れ晴れとした表情。メリザは常々残念に思っていた。幼少期からアレックスに辛く当たられ、シリルの笑顔を見れなくなったことを。年を重ね、暗く陰鬱になったシリル。今後も公爵邸に閉じこもり、表には出ず、アレックスの代わりに陰で領地を支えて生きていくのだろうと。


公爵邸で、アレックスとシリルの事を「坊ちゃん」と呼ぶのはメリザだけだ。アレックスには早々と呼ぶなと言われ、今ではシリルの事しか呼んでいないが。それももう何年も顔を見れなかったので、久しぶりに「坊ちゃん」と思わず呼んでしまった。


(もう坊ちゃんと呼んではいけないわね)


メリザはシリルの気が変わらぬ内にと、急ぎ足で廊下を進んだ。





「何だと?シリルが出かける?アウグスタ子爵邸に?」


公爵は昨夜深酒をし、先ほど起きたばかりだ。朝一の報告に頭を抱えた。


「はい。先ほど侍女長に外出用の服を用意させておりました。おそらくアウグスタ子爵邸だと思われます。止めましょうか?」


執事が聞くと、公爵は立ち上がって部屋を出た。


「アウグスタ邸には先触れを出したのか?」

廊下を大股で歩きながら公爵は執事に確認する。執事も公爵を追いながら答えた。

「いえ。私も何も伺っておりません」


「全く。おのれが先日まで引きこもりだったという事を忘れたようだな。シリル!」


少し乱暴に扉を開く。目的の部屋のはずだが、公爵は一瞬部屋を間違えたと感じた。

シリルの部屋に、メイドが何人もいるはずがないのだ。だが、部屋は広いが物がなく、公爵家の令息の部屋とは思えないこざっぱりとした内装に、やはりここはシリルの部屋だと思い知らされる。


「メリザ。何があった?」

メイド達が浮足立っている。


「やっぱりこちらの藍色のジレの方が良かったかしら?髪色に映えるわ」

「いえ、あのお顔立ちなら朱のジレでも引き立つわ!次はこちらを着てもらいましょう」

「髪を上げた姿は目の保養よねぇ」

メイド達は頬を染めて口々に言い合っている。


メリザが公爵に気付き、パンパン!と手を叩いてメイドを下がらせた。

「貴方達!片付けをして次の仕事へ移ってちょうだい」


「閣下、失礼致しました。皆、シリル様の変わりように浮足立っておりまして」

「そうか」

(あやつもアレックスも、妻に似て見目だけは良いからな)

「シリルはどこだ?先触れも出さず、子爵邸を訪れようなどと、先方を困らせるだけだ。きちんと礼儀を持って訪問するように伝えてくれ」


公爵が言うと、メリザは珍しく顔色を曇らせた。


「先触れを出していらっしゃらないのですか?」

貴族の令息が、令嬢の家を訪れる際の最低限のマナーだ。ましてやラウザーは公爵家。家格の下の家門を訪れるならば、ゆとりを持って連絡し訪問せねば、相手側からしたら迷惑でしかない。


「坊ちゃんは先ほど馬車で出掛けられました」

蒼白になるメリザ。――と、他のメイド達。


「どうしましょう‥‥」


公爵は窓の外を見た。馬車が見えるが、どうしたものか。

「まあよい。門前払いは受けぬだろうが、アウグスタ子爵のシリルの株は落ちるだろうな。引きこもり、礼節を疎かにした報いを受けさせよう。あやつも痛い目を見なければな」








読んでいただきありがとうございます。


2026/6/19 日間ランキング連載中で1位にランクインしました。

読んでくださる皆様のおかげです。心より感謝を。


いいね、ブクマ、コメント等、とても励みになります。

誤字脱字報告もありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
大変だ!ε=ε=(ノ≧0≦)ノイケメン無罪ょ!誰か助けて!
先触れ出さないのは無礼だが、格上から格下に行く場合は(非常識だなあ迷惑だなあ)で済んじゃうし、元々公爵家の評判はアレックスのやらかしで地に落ちてるだろうから、シリル自身は気にしなさそう。  
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