Episode.69
「……皇太子殿下は、魔術師だったのですね」
驚きの表情のまま、ミネルバが言った。
「魔力が高い人は、幼い頃は身体が弱いみたいですね。殿下は隣国で魔力操作と魔術を学ばれたそうです」
魔術師は存在自体が希少だ。皇太子が高い魔力を持つことも、皇帝とごく一部の側近にしか知らされていなかったのだろう。
皇太子が魔術師であれば、他国に牽制にもなり、侵略を企てる国もなくなる。皇太子の座を覆すことは、もはや不可能に近い。それほど希少な存在だからだ。
「皇太子殿下の魔術、すごいですね。私は魔術師に詳しくないですが、国に一人いれば安泰と言われますよね」
「そうですね。彼らの力は規格外です」
シリルはミネルバと話しながらも、皇妃に意識を向けていた。真っ青になっている皇妃を追い詰めるなら今しかない。
皇族席に呆然と座っていた皇妃が立ち上がり、奥へ向かって消えて行った。
「少し席を外します。ライナス。ミネルバを頼んだぞ」
シリルはライナスにミネルバの護衛を任せ、皇妃を追った。
暗い回廊の奥に、皇妃の姿が見えた。誰かと話しているようだ。黒い衣装の男と、フレデリックだった。
(……奥にいるのは、クロイツの影か)
シリルが一歩近づくと影の男が気付き、視線で皇妃に知らせた。皇妃はフレデリックと影を下がらせ、シリルと向き合った。
「公子。今、貴方の顔は見たくなかったわね」
暗いので表情が見えない。一歩近づくと、外の月あかりでお互いの姿が見えた。皇妃の顔には疲労の色が浮かんでいる。
(今日は扇で顔を隠さないのか?)
皇妃の藍色の扇に込められた意図を察する。
「扇はどうされました?」
「皇太子が魔術師であるならば、あの扇はもう使えないわ」
皇妃は冷笑を浮かべて答えた。
「それで?何か用かしら。あわよくばフレデリックを皇太子に……なんて浅はかな考えはもうないわ」
シリルは腕を組み、困ったように微笑した。
「ええ。それはそうでしょう。皇太子殿下が魔術師である限り、フレデリック殿下に継承権が移ることはありません」
事実を敢えて述べた。皇妃のこめかみがぴくりと動く。
「そうね。それで私に何の用があるの。疲れているから自室へ戻りたいのよ」
ため息とともに皇妃が言う。シリルはしばらくふてぶてしさを装わない皇妃を無言で見つめた。
「継承権は諦めたようですが、アウグスタ嬢は諦めてませんよね?」
シリルが声を低くして言うと、皇妃は短く息を吐いた。
「当然でしょう。ますます手に入れなけらばならないと考えたわ。彼女をフレデリックの伴侶に迎えれば陛下の関心をフレデリックも少しは得ることが出来るはず」
「……」
無言で睨み据えるシリルに、皇妃は開き直るように言う。
「母ですもの。息子の環境を少しでも良くしてあげたいわ」
「そうですか……」
(帝国の第二皇子として十分すぎるほど良い対応をされて来たはずだが)
シリルは懐から封筒を取り出した。中の封書を広げて皇妃に渡す。
「何かしら……?」
口角を歪ませ、皇妃は封書に視線を落とした。
「皇妃様。うちの愚兄のアレックスをご存じでしょう?アカデミーに入学して、悪事が増えたのですが、いくら調べてもなかなか証拠が出ないのです。おかしいんです。利口な兄ではないので、ここまで完璧に証拠を隠蔽出来るはずがありません」
シリルの言葉に、皇妃の肩がわずかに揺れた。
「それでうちの愚兄をそそのかしたのは誰なのかと調べてみましたら――……クロイツ公爵家の次男……デイモンド・クロイツ。皇妃様の甥の名前が出てきました」
「何を根も葉もないことを……!」
皇妃の顔が怒りで赤く染まる。
「根も葉もなくはありません。証拠も提示出来ます」
シリルが言うと、皇妃は嗤った。
「はっ…!あははは!証拠ですって?そんな昔の事なのに、誰もが納得する証拠があるとでも言うの?」
この世界で現行犯以外の罪を立証するのは不可能に近いことであった。――今までは。
シリルの開発した魔道具があれば、それが認められさえすれば、依頼書を燃やすなどの簡単な隠蔽を暴くことは造作もなかった。そしてもちろんこの時のためにシリルはあらゆる魔道具を皇室に認めさせた。
指紋が認識されていないので、それと同じく一人一人違うもの、一つとして同じものはないものが、この世界では魔力であった。魔術師のように多大な魔力を持つ者は稀だが、皆それぞれ微量な魔力を身体に宿している。
アレックスをそそのかし、違法賭博へ向かわせた者の特定。教員や職員へ賄賂を渡すよう進言した者、試験の不正を手助けした者達がすぐに絞り出され、映像記憶装置など駆使し、証拠も揃えられた。
その者達に真実のみを話す薬を与えたところ、口々に口にしたのはクロイツとアランドラ皇妃の名だった。
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