Episode.67
頭上に輝く大きなシャンデリアをチラリと見る。どこかふわふわとした感覚で前を向くと、シャンデリアにも負けないほど華やかな皇太子が、金の瞳を細めて微笑んでいる。
(現実味がないわ……)
少し前まで、帝国有数の公爵家の嫡男の婚約者だった。それすら分不相応で現実味がなかったというのに、今は皇太子殿下とファーストダンスを踊っている自分が信じられない。
(でも、今日はなんとかなったけれど、第二皇子殿下との婚約の話はなくなった訳じゃない)
そもそも、求婚の手紙を受け取った時点で無くせる話ではないのだ。
くるりと回されながらミネルバが思案していると、カシウスが口を開いた。
「アウグスタ嬢。なにか考え事かな?」
ぼーっとしていたミネルバは慌てて答えた。
「あっ申し訳ありません……!」
「まさか僕に見惚れていた?だとしたら嬉しいのだが」
違うと言っても、そうだと言っても問題がある。答えられない問いにミネルバが狼狽えていると、カシウスが口角をあげた。なにかを企んでいるような笑み。カシウスの方が若干無邪気に見えるが、こういう笑い方をすると皇帝に似ている。
「ははは。どうかな?アウグスタ嬢。僕に乗り換えてみては?見たところ、シリルとはまだ恋人と言う訳でもなさそうだし」
いたずらっぽい笑みを受けべていうカシウスに、ミネルバは心を落ち着かせていった。
(からかっていらっしゃるのね)
「ご冗談を。シリル様と、こ、恋人でなくとも、皇太子殿下のお相手が私に務まる訳がありません」
平静を装ったものの、噛んでしまったしカシウスの足を踏みそうになってしまった。
「シリルより、僕の方が言うまでもなく地位が上だよ。シリルは根暗の元引きこもりだけど、僕はそんなことはない」
饒舌なカシウスに、やっぱり足を踏んでやろうかと思いつつ言い返した。
「根暗で、元引きこもりで何が悪いと言うのです。今は引きこもっておりませんし、引きこもりだった頃でも、シリル様の発明した魔道具は民の生活を潤わせていました……!」
声音に怒気が混じってしまい、ミネルバはすぐに口を閉じた。するとカシウスが声を殺して笑い始めた。
「ふ、ふふっ。そうだよねぇ。シリルは引きこもりの頃から貢献してたんだよ。うんうん。アウグスタ嬢が知っていてよかった。……あ、そろそろまずいか。ものすごく睨んでいるな」
腕を組み、人相悪く仁王立ちで立っているシリルが見える。何故あんなにも不機嫌なのかを想像すると、ミネルバの顔が我知らずにやけてしまう。
「おっと、そんなに嬉しそうな顔をしないで。シリルの顔がどんどん怖くなるから」
クルッとステップを変えられ、視界からシリルが見えなくなった。曲が終わりそうになり、カシウスがミネルバの耳元に顔を近づけた。
「シリルに嫌気がさしたら、いつでも来てね。僕に婚約者が出来ない限り、歓迎するから」
冗談だと分かっていたが、断ろうと口を開きかけた時、腕が後ろに引かれた。ぐらりと体勢を崩し、後ろにいた人物の胸にすっぽりと収まる。視界に琥珀のカフスが映った。
「殿下。約束と違いますね。ミネルバに興味を持たないよう言ったはずです」
低く耳元に響く声は、すこし怒っているように感じる。カシウスが困ったように短く息を吐く。
「やれやれ。曲が終わると同時に来なくとも。せっかちな男は敬遠されるぞ」
その言葉にシリルがびくりと身体を揺らす。片手だけなのに、抱きすくめられているように支えられているのでシリルの表情が分からない。
(え?もしかしてショックを受けたのかしら?)
ミネルバは迷ったが、小さい声で言った。
「そ、そんなことはありません」
腕の力が少し緩んだのでミネルバが顔を上げると、驚いたように目を見開き、赤面したシリルの顔があった。しばし見つめ合い、ミネルバは胸中で叫んだ。
(――ちょ、ちょっとこの方可愛すぎないかしら?)
シリルは無言でミネルバを離し、そっぽを向き片手で顔を覆う。
カシウスがわざとらしくため息を吐いた。
「――はぁ。心配するな。僕は父と違って平和主義者なんだ。他の男の色を纏う令嬢に手は出さないよ」
そう言うと、カシウスはひらひらと手を振りながら皇族席へ戻っていった。
ミネルバは改めて自身のドレスを見下ろす。言われてみれば、濃い紫を基調としたドレスだ。緊張でそれどころではなかったが、ヴェラの言い分を思いだすと、シリルが用意したもので間違いはない。
そう意識した途端に恥ずかしくなり、赤面していく顔を隠すように下を向いた。曲調が変わるとシリルが言った。
「ミネルバ。よければ俺と踊ってくれませんか?」
顔を上げると、真摯な紫色の瞳があった。ミネルバは差し出された手を取り、はにかむように微笑んだ。
「よろこんで」
読んでいただき、ありがとうございます!
ゆっくり進む二人の関係を見守っていただけてありがたい。




