Episode.66
皇族席の前まで行くと、カシウスは前を向いた。皇族席は二階席と一階の大ホールの間にある。玉座のような豪奢な椅子が一列に並び、中央の席に皇帝が少し気だるそうに座っていた。皇妃とは違い、カシウスが現れたことにさほど驚いていないようだった。
カシウスは皇帝の前に行くと一礼して口を開いた。
「陛下、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「ああ。久しいなカシウス」
皇帝は頷くと、視線をミネルバに向けた。ミネルバは落ち着いてカーテシーをとり口上を述べた。
「帝国の唯一の太陽、皇帝陛下にご挨拶致します」
ミネルバが顔を上げると、皇帝は面白いものを見るように目を見開き、口角を上げた。
「ふむ。アウグスタ嬢も久しいな。もう十六になったのだったか……して、皇太子とエスコートをするほどの仲だとは知らなかった」
ミネルバは動揺を隠せない。微笑のまま固まった。
(やっぱり気になさるわよね……!)
何をしなくてもいいとは言われたものの、皇帝陛下の問いを無視することなど許されない。ミネルバが口を開こうとすると、カシウスが一歩前に出た。
「陛下。これは全くの偶然なのです。帰国しましたら……フレデリックの誕生パーティーと聞き、出席しようと思ったのですがパートナーがおらず困っておりました。同じくパートナーである子爵が遅れて困っていたアウグスタ嬢と会いまして、急遽エスコートを受けてもらったのです」
「ほお」
皇帝の相槌を気にせず、カシウスは視線を皇妃に移して更に言った。
「寂しいですね。母上。弟の誕生パーティーにすら呼んでくれないなんて」
急に話を振られた皇妃は扇で口元を覆った。
「皇太子が帰国するとは夢にも思いませんでした。殿下こそ、私に帰国の日を隠すなんて……」
「僕は今日だけの事を言っているのではありません。これまで一度も呼ばれなかった事に嘆いているのです」
カシウスは芝居がかったように落ち込んでいる仕草を見せた。
皇妃が眉を顰めると、皇帝が言った。
「皇妃にも思うところがあったのだろう。皇太子の不在は療養の為と伝えていたからな」
皇妃が思わず皇帝に鋭い視線を向けた。
「陛下……!皇太子の療養は虚偽だったとでも?」
皇帝は手で顎を触りながら思案している。皇妃の態度を咎めるでもなく、観察しているかのような視線だ。
「ふむ……。皇太子の療養は嘘ではないな。後で説明しよう。早くフレデリックを登場させてやらねば」
カシウスが登場して間もなく、再びホールの扉が開く。
「第二皇子フレデリック・グランヴァルト殿下、並びにアザリー・ノエル侯爵令嬢のご入場です」
会場に響く声に入り口の方角を見ると、顔色を悪くしたフレデリックが見えた。隣を歩くアザリーも笑顔が作れていない。
カシウスとミネルバは少し脇に逸れて中央を主役へ譲った。フレデリックは皇族席の前に立つと、おずおずと皇妃に視線を向ける。窘めるように皇妃が睨むと、フレデリックはすぐに前を向き皇帝に口上を述べる。動揺を隠せないまま口上を述べたので、皇妃の額に青筋が浮かんだのが見えた。
皇帝は小さく息を吐くと、立ち上がりホールへ声を響かせた。
「皆、よく集まってくれた。フレデリックの誕生を祝ってくれること、父として嬉しく思う。今宵は存分に楽しんでいってくれ」
皇帝の言葉を合図に、楽隊が音楽を奏で始めた。ファーストダンスは主役のペアから始めるしきたりである。フレデリックが階下へ降り、二人がダンスを始めた。
「カシウス。帰国は今日で良かったのか?」
皇帝が低い声で言った。カシウスはフレデリック達のダンスに視線を向けたまま答える。
「はい。シリルとちょっとした取引をしまして」
皇帝の目がわずかに見開く。
「ほう。シリルと組んだのか」
「組んだという程ではありませんが、結果的にそうなるかもしれません。彼も僕が即位したのちに必要な人材ですので」
カシウスがミネルバを見て付け加えた。
「君もね。アウグスタ嬢」
皇妃は椅子を二つ挟んだ所にいる。態度には出てはいないが、こちらの会話が気になって仕方ないだろう。カシウスがミネルバの手を引いた。
「僕たちも踊ろう。一人目はパートナーと踊るしきたりだろう?」
促られるままミネルバは階下に降りた。
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