Episode.65
皇城でひときわ大きいホール。大々的なパーティーが行われる会場の扉は、とんでもなく大きい。脇に屈強な衛兵が控えており、彼らが協力して扉を開くようだ。
ミネルバはカシウスにエスコートを受けながら、回廊を扉に向かって颯爽と歩く。
閉じた扉の前に、二人の人物が立っていた。
フレデリック第二皇子と、ミネルバの代わりに急遽選ばれたのであろう、アザリー・ノエル侯爵令嬢が扉が開くのを待っている。カシウスが、二人に声をかけた。
「フレデリック。先に入らせてくれるかい」
フレデリックは自身の名を呼び捨てにされ、怪訝な表情で振り返った。そして目を見開く。
「あ、兄上……!」
「やあ。久しいね。誕生日おめでとう」
カシウスが視線だけ向けて祝福の言葉を述べる。フレデリックは驚愕の表情のままカシウスの顔を見た。すぐに隣のミネルバに視線を移す。
「金髪に青い目……!お前、ミネルバ・アウグスタか?兄上、こいつは母上が私に用意した婚約者です。いなくなったから探していたんだぞ」
フレデリックはそう言うと、エスコートをしていたアザリーの腕を乱暴に離した。こちらに向かって来ようとするので、ミネルバは思わず足を止める。
「フレデリック」
カシウスが低い声で名を呼ぶと、フレデリックはびくりと止まった。ミネルバを促し、ゆっくりとフレデリックに近づく。
「レディを困らせてはいけないよ。母上の命に従うのは構わない。だが……皇位を継ぐ気もなく、僕と争うつもりもないのなら、余計なことはしないことだ」
途端に真っ青な顔色に変わり、フレデリックは下を向いた。恐怖で震えているようだが、カシウスを負けじと睨み、口を開いた。
「でしたら……!でしたら、兄上が母上に付け込まれないよう努力をしてください。貴方の言う通り、俺には皇位なんて興味ないんだ……!」
拳を握りしめて言うフレデリックに、カシウスが一瞬だけ憐憫の視線を向ける。そしてすぐに前に向きなおり、扉の前に立つ衛兵に告げた。
「開け」
「は、はい。ですが……」
しどろもどろになる衛兵に、カシウスはぴしゃりと言った。
「なんだ?弟の誕生パーティーに私が来てはおかしいか?早く扉を開けてくれ」
「は、はい」
衛兵たちが扉を開く。会場の熱気と騒々しい音が会場から聞こえた。
「フレデリックをそこまで嫌いにならないでやってくれ。あの子は、僕と皇位争いにならないよう軽薄さを演じている……訳ではないが、軽薄さをさらけ出しているんだ。性格に難があるのは違わないが……」
弟のフォローをしているつもりなのか、カシウスが落ち着いた声音で言った。
ミネルバがどう答えていいか悩んでいると、衛兵が会場に声を響かせた。
「皇太子カシウス・グランヴァルト殿下、並びにミネルバ・アウグスタ子爵令嬢のご入場です!」
会場が騒然とした。ミネルバはごくりと生唾を飲み込む。
「緊張するかい?君は何もしなくていい。ほら。あそこを見てごらん。君が何か失敗をしても大丈夫。あの男が助けてくれるさ」
そう言うカシウスの視線の先を見ると、ものすごく不機嫌そうなシリルの姿が見えた。シリルはミネルバの視線に気づくと、すぐに笑顔を取り繕った。だが笑顔がぎこちなさ過ぎて不自然だ。ミネルバは思わず笑ってしまいそうになるのを堪えた。
幾分か緊張が緩んだ。ミネルバは正面に視線を戻し、カシウスと皇族席へ向かった。
「はは。見なよ。アランドラ皇妃のあの表情」
カシウスに促され皇妃を見ると、気品のある笑みを口元に浮辺ているものの、目が笑っておらず、扇子を持つ手は震えていた。ふと、既視感を覚えた。よく皇妃が持っている扇子が、カシウスの髪色と同じ深い藍色であることにミネルバは気付いた。
ミネルバの視線に気づいたのか、カシウスが小さな声で言った。
「あの人、自分が使う道具は藍色の物を選ぶんだ。どうしてだろうね?」
冷ややかな笑みでミネルバに問う。
カシウスの髪色は、藍色だ。
(……自分が使う道具…。皇太子殿下と同じ髪色のものを選んで、力を誇示したいのかしら?)
だとすれば侮辱しているようなものだ。無意識なのか、何にせよミネルバにはどう答えていいか分からない。カシウスも何か言ってほしい訳ではなさそうなので、無言で返した。
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