episode.64
シリルたちに連れられて着いた部屋は、先ほど案内された部屋とは扉からして違っていた。扉の前に立っている騎士が、シリルの合図で扉をノックする。
「殿下、ラウザー公爵令息がいらっしゃいました」
(殿下?)
まさかここで第二皇子に引き合わされる訳はないと思いながらも、ミネルバは内心慌てた。
シリルがちらりとミネルバを見た。
「俺が第二皇子と貴方を会わせるわけがないですからね」
その言葉に独占欲のようなものを感じ、ミネルバは一層慌てた。先ほどのやり取りで、嘘のような想像が頭に浮かぶ。――まるで、シリルが自分を好きかのような。
ミネルバの騒がしい脳内が、部屋の中に居た人物を見て止まった。
皇帝の漆黒の髪よりも少し明るい、藍色の髪に金色の瞳。実際に目にするのは初めてだが、帝国の貴族ならば知らない者はいない。皇太子カシウス・グランヴァルトが窓辺に立っていた。
カシウスはシリルを見て薄く微笑った。
「やあ。ひさしぶりだね。実際に会うのは何年ぶりだろう?」
「お元気そうで何よりです。皇太子殿下」
カシウスの言葉に、シリルが軽く頭を下げて答えた。ずいぶん砕けた会話に、ミネルバは一瞬呆然としたが、すぐに丁寧にカーテシーをとった。
「帝国の次なる太陽、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
「そんなに畏まらなくていいよ。話は聞いている。君が陛下が目をかけているアウグスタの原石かい?」
カシウスの言葉にミネルバは何と答えていいか分からない。
(原石…?なにかしらその二つ名は…)
とりあえず名前だけ名乗っておく。
「ミネルバ・アウグスタと申します」
カシウスの金の瞳が興味深そうにミネルバを射抜く。
「うんうん。ではミネルバ嬢。今日は僕にエスコートを任してもらえるかな?」
「えっ?」
思わぬ申し出にミネルバは狼狽えた。
「アウグスタ嬢でよくないですか?」
シリルが隣で不満たらたらの声を出す。ミネルバが横目で見ると、なんと皇太子殿下を睨みつけているではないか。
何が何だかわからないミネルバは恐る恐る口を開く。
「ど、どういうことでしょう?」
カシウスは目を丸くする。
「なんだ?説明してないのか?」
「急遽事が動いたので言う暇がなかったんです」
シリルが軽く咳ばらいをしてミネルバに向き直った。
「本当は俺がパートナーを務めたいのですが……第二皇子を断る相手として、俺では理由が弱いので、皇太子殿下にお願いしたのです」
シリルの言葉を聞き、ミネルバは固まった。
「え、ええ……?」
皇太子殿下のエスコートなんて畏れ多いし、荷が重すぎる。
「気が進みませんか?やはり俺が」
「こらこら、シリル。もう話はついていただろう」
シリルがここぞとばかりに乗り出してきたのを、カシウスが止める。
カシウスはミネルバを落ち着かせようと落ち着いた声でゆっくりと言った。
「シリルには悪いが、これはミネルバ嬢の為でもあるし、僕の為でもある。君とフレデリックに婚姻を結ばれると僕も困るんだ。陛下は僕以外を皇太子に据える気はないが、周囲は黙ってないだろう?余計な騒ぎは避けたいんだ」
カシウスがミネルバの手を取った。
「だから君にも協力をしてほしいんだ。ミネルバ・アウグスタ嬢」
皇太子殿下にここまで言われては、ミネルバに断ることは難しい。
「……分かりました」
ミネルバは頷いた。
「――皇太子殿下?」
シリルがカシウスとミネルバの間に割って入った。カシウスの手を掴み、冷え冷えとした声で名前を呼ぶ。
「これからエスコートしようと言うのに、手を握ったくらいでそんなに怒るな」
カシウスは肩をすくめて手を離した。
「とりあえずドレスを着替えましょう」
ヴェラはそう言うと、カシウスとシリルの元からミネルバを連れ出した。居心地が悪かったミネルバはほっと息を吐く。そして改めて自身の姿を見下ろした。
ミネルバのドレスは冒険の末、裾が泥だらけになっていた。とてもパーティーに出れる姿ではない。
「でもヴェラ卿……私、替えのドレスは持ってきていません」
ミネルバがそう言うと、ヴェラがニヤリと微笑った。
「心配いりません。シリル様の諦めが悪く、持参したドレスがあります」
そう言ってミネルバは奥の部屋に連れて行かれた。
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