Episode.55
視線を前に戻し、目の前の五人の動きに集中する。
(とりあえず一度に五人は無理だ)
シリルは後ろに飛び退り、五人と距離を取った。飛び退っただけでも飛んだ距離が常人の比ではなく、それだけで怯む者もいる。体勢を低くし、一気に踏み込む。肩から正面にいたハンス令息の脇腹へ体当たりを叩き込んだ。ハンスが呻いて蹲ると、後ろにいたレッグ令息に回し蹴りを放った。綺麗にみぞおちに決まり、二人目がダウンした。
片足を上げたまましばし固まる。
(思った以上に綺麗に決まったな。俺より大きい奴にも、これくらいのタックルで効くのか)
生徒達がぽかんと見ているなか、果敢に正面から向かってくる一人に、地面に付いたままの足で軽く飛び、肩に踵落としを喰らわせる。少し力を抜いたものの、喰らった生徒は膝から力が抜け、その場に座り込んだ。
(……加減したつもりだったんだが)
「……こ、降参します」
「俺も」
「降参…」
構えていただけの生徒も、最初に向かって来た生徒も、蒼白になった顔で次々と降参した。
周りのシリルを見る奇異な目に晒されながらも、シリル自身も少し驚いていた。
(この身体、動きすぎじゃないか?)
シリルは公爵に影を数名任されてから、空いた時間を見つけては影に体術や武術を教わっていた。
前世でも格闘技も体術も縁がなかったが、シリルは楽しくて仕方なかった。記憶を思い出してからこちら、身体がとても軽く感じる。
鍛えれば鍛える分だけ体つきが引き締まり、思っている以上に動く。――楽しくないはずがなかった。
(とはいえはしゃぎ過ぎたようだ)
最後に踵落としを喰らった生徒がふらふらと起き上がる。
「手を貸そう」
「えっ」
シリルが手を伸ばすと、少し驚いたものの、すぐ手を取ってくれた。この生徒は皆が引いた後もシリルに向かって来た生徒だ。
「君、名前は?」
シリルが聞くと、戸惑いながらも答えてくれた。
「ケイルアン・ヴァルクス。侯爵家の次男です」
(ヴァルクス。北部の侯爵家か。アレックスの元・取り巻きでも、俺に取り入ろうとしたメンバーでもない)
思案していると、ケイルアンが気まずそうに口を開いた。
「あの……さっきはすいません。一対多数になってしまって」
シリルは一瞬何を謝られているのか分からなかった。
「――え?そうなるようにしたんじゃないのか?」
「いや、違う!あ、他の人は知らないけど。俺…あ、いや私は一番強そうだなと思って行っただけ」
(強そうだからって…戦闘狂か?)
グスタフ教官タイプの人間だ。シリルは呆れた目でケイルアンを見て言った。
「敬語はいらない。四学年なら同い年だろ」
シリルの言葉に、ケイルアンは目を丸くしている。
「……公子、意外と話しやすいんですね」
「は?」
そんな風に言われるとは思っておらず、狼狽えてしまった。同年代の令息たちがシリルに向ける感情は、以前は気味悪がられるか、前世の記憶が戻ってからはあからさまに取り入ろうとしてくるなど、良い印象がなかったからだ。
平常を装うために口を開く。
「君は何故あの組に?他のメンバーは俺に取り入るか、一発喰らわせてやろうって魂胆が見え見えのやつばかりだったが……」
「え?俺は公子が強そうだったから一戦やってみたいなって……」
「「……」」
シリルはぽかんとケイルアンを見つめ、我慢できずに笑ってしまった。
「ふっ…!ははは!なんだそれは。野生動物みたいな奴だな」
笑われているのに、ケイルアンは不快ではなさそうだった。
「それを言うなら、公子は曲芸師か軽業師では?どうやったらあんな動きが出来るんです」
シリルはそのままケイルアンを医務室へ連れて行った。戻ると既に授業は終わっており、待っていたグスタフ教官に叱られた。さすがに試合で踵落としのような危険な技はしてはいけないらしい。
「とはいえ、私も一対多数になった時にとめるべきだったのだがな。すまない。好奇心に負けてしまった。臨時とはいえ、やはり私に教官は向いていないのだろう」
「臨時?グスタフ教官は正式な教諭ではないのですか?」
「ああ。私も歳だからな。領地で隠居しようとしたら、アカデミーの校長に試しにやってみないかと誘われてな」
「……では、辞めるのですか?」
シリルがそう言うと、突然グスタフ教官の大きな手がシリルの頭をがしりと掴んだ。そのまま左右に揺らされ、シリルは酔いそうになった。
(なんだ?撫でられている?)
あまりの力強さに、何をされているのか分からなかったが、これはおそらく撫でられている。
「なんですか急に」
さすがに手で振り払うと、グスタフ教官のにやりとした笑みが見えた。
「一年は残る。君たちの面倒は見るつもりだから、そんな顔をするな」
――どんな顔をしていたと言うのか。
シリルはぐしゃぐしゃにされた頭をさすりながら腑に落ちない顔をした。
授業の後、恒例になっているグスタフ教官との剣術訓練を終えて邸宅に戻ると、妙に笑顔の侍女長メリザに出迎えられた。不審に思いつつも、何か良いことでもあったんだろうと思った。ダイニングへ行くと、何故かいつもより豪華な料理が並んでいる。
何だ?気のせいか料理長からも生暖かい視線を感じる。
食事を口に運びながら、ふとライナスと目が合った。こちらはいつもと変わらず表情がない。
(気のせいか?使用人たちの見る目が何故か居心地が悪い……)
思い当たる節はなく、シリルは自室に戻り机に並べられた書類を見る事に集中し、その事は忘れてしまった。
――この日の夕刻、ライナスは公爵に報告を終え、別邸に戻った。メリザと会い、いつものように「シリルぼっちゃんの様子はどうですか?」と聞かれたので、「シリル様に友人が出来たようです」と伝えたのだ。メリザは目を見開いて驚き「あの引き籠っていたぼっちゃんに友人……!」と涙ぐんで喜んでいた。
その事はすぐに別邸中に拡がった。長年仕えている使用人たちはシリルの成長に大層喜び、料理長もまるでお祝いのように料理に腕を振るった。
……その事実をシリルが知るのはまた先の話である。
読んでいただきありがとうございます。
シリルに筋肉友達が……!
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