episode.54
離れていく二人を、冷めた視線で見送った。
「ちっ」
(殴りかかってくれば良かったものを)
「今の舌打ちは彼らにか?」
呆れたように声をかけてきたのはグスタフ教官だ。
「彼らは来年卒業だろう?今、乱闘騒ぎを起こしたら就職先がなくなってしまう。勘弁してやれ」
……それを狙ってけ仕掛けたんだが。
「――そうですね」
シリルはとりあえず返事をした。
「君の兄は卒業を諦めたようだな?もうしばらく見ていないが」
アレックスは謹慎が解けたものの、アカデミーを休み続けている。公爵が休学届を出すか悩んでいるところだ。
「まぁ、兄にしろ、彼らにしろ、卒業したところで騎士団には歓迎されないでしょう」
あの二人以外の取り巻きもそうだが、アレックスが行った数ある小さな違反行為に加担しているようだった。
アカデミーに復帰してしばらくすると、元々アレックスにすり寄っていた良家の子息たちが、シリルに鞍替えをするように接触して来るようになった。
(煩わしい……)
ここ、グランヴァルド帝国は少し特殊だ。次期皇帝となる皇太子が、長い間帝国を離れている。第二皇子は皇妃の庇護のもとアカデミーには通っていない。そのため、令息たちには取り入ろうとする対象がいないのだ。アレックスが後継者から外された今、令息たちが媚を売る相手は、皇帝の甥であり、公爵家令息であるシリルしかいない。
皇太子が帝国を離れて八年目になる。最近では重い病気で他国で療養していて、帝国には戻らないのではないかと囁かれ始めた。真相は皇帝と、皇帝の最側近しか知らないが……それ故に、皇妃もあわよくば皇太子の座をフレデリックへ傾けようと画策し始めたようだ。シリルに問題のある令嬢を押し付けるのも、力を付け過ぎないように牽制するためだろう。
「――集合!」
鋭い指笛と共に、グスタフが散らばっていた生徒達を集めた。
「今日の実技は体術のみの実践だ。合同で組み分けをし、十人ずつ乱戦を行う」
シリルは騎士科に入りなおしたため、三学年に席を置いているが、本来なら四学年だ。同年代の中でも上背があり身体も引き締まっている。戦う相手に、見るからに自分より大きい相手は選ばない。その為、組み分けでは同学年の生徒達はシリルを避けた。気付けば四学年、五学年の生徒の組に入れられていた。
「だから無闇に敵を増やさん方が良いのだ。君は体術の授業はまだあまり出ていないだろう?簡単にのされてしまうんじゃないのか?心配だな」
グスタフが心配して……否、面白そうに尋ねる。シリルは微笑を引きつらせて言った。
「ご心配ありがとうございます。のされる所が見たいかのような口ぶりですね」
「ははは!出る杭は打たれるものだが、君はそう簡単に打たれそうにないな?あまりにもひどい状況になれば教官が止めに入るから心配するな」
豪快に笑いながら、手をひらひらと振りグスタフは武闘場の中央に向かった。
組み分けの顔ぶれの中には先ほど追い返したハンス伯爵令息とレッグ伯爵令息も居る。二人は気まずそうにするどころか、にやりと顔を歪ませてこちらを見ている。
(合法的に殴れるとでも思っているのか?)
「まず一組から五組、それぞれ剣を置いて武闘場へ上がれ!場外か、降参した者は下がれ。場内に一人になったら次の組と交代だ。――では、はじめ!」
騎士科でも一学年の頃から体術の訓練が始まる。剣術より授業回数は少ないが、騎士科であれば全員ある程度の体術は身についている。
シリルの剣の腕前はグスタフ教官との模擬試合で、皆知るところだが、体術に関しては少ない授業回数ゆえに実力不足と思われているはずだ。シリルのいる組を選んだ者達は、手加減して恩を売ろうとしているのか、にべなくあしらわれた鬱憤を晴らそうとしているのか。
(後者であればありがたいな)
思い切り返り討ちに出来るからである。
「次!六、七組上がれ!」
呼ばれてシリル達は立ち上がり、盛り土で造られた円形の武闘場へ上がった。
十人ほどが場内に上がり構えた。五学年の生徒だろう。シリルより体の大きい者も何人かいる。
「――はじめ!」
教官の合図で、ハンス・レッグ両伯爵令息を含め、半分がシリルに向かって飛び掛かった。
こういうバトルロイヤル方式の訓練で一人に向かって徒党を組むのはマナー違反だ。教官が止めるために笛へ手を伸ばすと、グスタフがその手を止めた。シリルは視界の端でそれを捉え、口角を上げた。
(止めないでくれてありがたい)
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