Episode.51
ミネルバがソファに座っていると、階下が騒がしくなった。
「申し訳ありません、只今他のお客様がおりますので…」
「同席でも私はかまわない。連れが見たいと言ってるんだ。少しくらいはいいだろう?」
(あら……招かれざるお客様が来たみたいね。揉めているわ)
ミネルバは席を立った方がいいのか思案していると、招かれざる客はすぐ近くにやってきた。
二階はVIPルームが三部屋用意されている。どこも埋まっているようで、店員達の慌てる声が聞こえた。
(どこの高位貴族かしら?)
勢いよく扉が開き、内側のカーテンまで開かれた。
(えっ!嘘でしょう。中の人が着替え中だったらどうするつもりなの)
「――ん?レディが一人居るだけじゃないか」
見覚のある銀髪に、ぎらりと光る金の瞳。金の瞳は、間違えようのない、皇族の証だ。
(第二皇子……!!)
ミネルバは胸中で叫び、顔をすぐに下に向けた。
止めようとした店員は諦め、アガサを呼びに行ったようだ。
(しまった。挨拶をしなくては)
ミネルバは視線を下に向けたまま、立ち上がりカーテシーをとろうとした。
「帝国の星、第二皇子殿下に……」
「ああ、いい!いい!皇城の外でまで堅苦しい挨拶は聞きたくない」
第二皇子に挨拶を拒否されたので、ミネルバはホッした。皇妃から婚約の話が行っているかもしれず、出来れば名乗りたくなかった。
「――君、連れはいないのか?まさか一人で来たわけではあるまい?」
ミネルバはどう答えていいやら言葉が出てこない。
「……ええと…」
「ふむ。慎ましやかな令嬢は珍しい。君、名は?君のドレスも買ってあげよう」
第二皇子の連れている令嬢が不満そうな声を出す。
「殿下、私のドレスを選びに来たのではないのですか?早くドレスを出してもらいましょう」
「怒らないでくれ。君のドレスは二着買うから」
第二皇子はなだめるように連れの令嬢に言うと、ミネルバに近付いて来た。
視線を下に向けたままなので、第二皇子と目は合っていない。近付いてくる足音と、視界に黒の革靴が映り、ミネルバは慌てた。
(どうしよう?早くここから出た方がいい。不躾になるかしら?どうしたら……)
「ほら、綺麗な金の髪を持つ君も、選んでいいよ。そのドレスも可愛いけれど、もう少し大人っぽいドレスもどうかな?例えば肩がもう少し出たデザインの‥‥」
第二皇子がミネルバの肩に手を置き、なぞるように動かした。
(――きもちわるい)
触られた肩に怖気が走り、手を振り払いたくなるのを必死で我慢した。
「きゃっ」
部屋の入口に立っていた令嬢が小さく声を上げた。鋭い眼をしたシリルに気圧され、一歩下がる。
シリルが走るようにミネルバの元へ駆けつけた。
「うわっ」
第二皇子の手は肩から素早く外され、シリルがミネルバを背に隠すように立った。
「――フレデリック殿下、何をされているのです」
「ん……?アレックス……?じゃないな。まさかシリルか?」
シリルの口角がぴくりと動く。口をなんとか上げようとしているようだが、眼が恐ろしく冷たくなっている。
「お久しぶりですね。5年ぶりくらいでしょうか?」
「もっとだろう!しかし雰囲気が変わったな?」
ばしばしとシリルの肩を叩きながらフレデリックは笑った。
「噂には聞いていたが、まさかここまで変わるとは!あの引き篭もりのシリルが」
ミネルバは第二皇子の言いようにむっとし、顔をあげたがシリルの背中しか見えなかった。ふと背中で動くシリルの手が、右側を指している。
シリルの手が指す方向を見ると、衝立の影でアガサが手招きをしていた。
ササッと衝立の影に行き、アガサに付いて部屋の外へ出る。
ミネルバが出た事に気付き、第二皇子がため息と共に口を開くのを廊下で聞いた。
「おや。逃げられた。ずいぶん恥ずかしがり屋のご令嬢だったな。シリルの連れか?」
「ええ。アカデミーの友人です」
「シリルにご令嬢の友人とは!」
明らかに馬鹿にした言いように、ミネルバはまた拳を握りしめた。なおも二人の会話は続く。
「そうだ。今度開かれる、皇城での俺の誕生パーティーには来るだろう?先ほどのご令嬢も呼んでくれ。俺の周りにいないタイプのご令嬢だ。また話がしたい」
「私の友人に手を出すのはやめてほしいですね。大人しいご令嬢が気になるのなら、今度違う方をご紹介致します」
第二皇子は少し思案した。
「うーん、正式に紹介されると困るな。近々、母上に婚約者を充てがわれる事になっている」
シリルの声が一層低くなった。
「そうですか」
「フレデリック様ぁ。まだですか?」
連れの令嬢の甘い声に、フレデリックは顔をにやりと歪ませてシリルから離れた。
「ああ。すまないな」
「では、殿下。私は下がりますのでごゆっくり」
シリルは一礼して部屋から出た。
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