Episode.46
「ラウザー令息。先日は申し訳ありませんでした。はしたなく騒ぎ立ててしまって」
アザリー・ノエル侯爵令嬢が口を開くと、二人の令嬢も次々に言った。
「そうです!私達、知らなくて」
「公に発表する前だったから、あのようにおっしゃられていたのですね」
(――あのように?あの件で俺がミネルバに好意があることが周知されただろうが、公に発表とは?)
婚約が決まった訳でもあるまいし、ミネルバを好きだという事をわざわざ公表しろとでも言うのだろうか?
令嬢達が何を言っているのか理解出来ないシリルは、とりあえず口角をあげておいた。目の前に置かれたカップを持ち、口につけながら皇妃をちらりと見ると、皇妃も変わらず穏やかな笑みを携えている。
シリルがどうしたものかと考えていると、後の扉が開いた。
「まぁ。いらしてたのですか?シリル様」
作ったような甘い声が聞こえ、シリルは眉を顰めて振り返った。
そこには、お茶会には似つかわしくない胸元の大きく開いたドレスに身を包んだリリーアが立っていた。
シリルは頭の中が冷えていくのを感じた。
(これは少しよくない状況に置かれたかもしれないな)
カップを持つ手に力が入る。割ってしまう前に手を離し、シリルは短く息を吐いた。
さすがに顔から笑顔を消し、改めて皇妃を見据える。皇妃はシリルの顔色が変わっても、変わらず微笑んだままだ。
リリーアは当然のようにシリルの隣の席についた。
シリルは隣に座るリリーアに一瞥もせず、口を開いた。
「皇妃様。もう一度、私をこの場に呼んだ理由をお聞きしても?」
皇妃は藍色の扇子を広げ口元を隠し、伏し目がちに言った。
「公子とタナトス嬢の事情は聞いたわ。タナトス嬢は元々貴方を慕っていたのに、兄のアレックスに強引に言い寄られていたと」
「――はい?」
何を言い出すのか。思わず間の抜けた声が出てしまう。隣でリリーアが鼻をすする音が聞こえたが、頑としてそちらに視線は送らない。
「辛い日々でしたが、いいのです。今は願いが叶いそうですので‥‥シリル様と婚約出来るなんて夢のようです」
震える声が隣から聞こえる。シリルは呆れて言葉も出てこない。その隙に周りの令嬢たちが次々と声をあげた。
「リリーア嬢は可愛らしいから、好意を持つのは仕方ないですが」
「ええ。無理に交際を強いるなんて…アレックス様もひどい方……!」
「夜会の一件で謹慎が続くようになりましたものね。それでお二人はようやく結ばれることになったのですね」
「リリーア嬢、今までつらかったですね」
――何なんだ。この茶番は。
矢継ぎ早に浴びせられる言葉に、頭痛がしてきそうだ。シリルは額を押さえて声を絞り出した。
「何を‥‥皇妃様、タナトス嬢は虚言癖を持っているのです。彼女の言う事は‥‥」
「――ほほほ。まぁ。虚言癖だなんて」
皇妃はそう言うと扇を閉じた。すると令嬢たちは一斉に口を噤んだ。声の響きが低かったものの、皇妃の顔にはあいかわらず微笑が浮かんでいる。
「ラウザー公子。私はあなたとタナトス嬢を応援するわ」
皇妃の声は冷たく響く。
――皇妃にとって、虚言であろうがなかろうが、どちらでも良いのだ。
静まり帰った室内に、扉のノック音が響いた。
「もう一人のお客様が来たみたいね。入ってちょうだい」
皇妃は扉の外の侍女が客人の名前を言う前に入室を許可した。
「いらっしゃいアウグスタ嬢。あら?子爵は呼んだ覚えはないのだけど……」
入ってきたのはミネルバとアウグスタ子爵だった。
「白銀宮の月たる皇妃様に、お目にかかれまして光栄に存じます。娘が初めて白銀宮へ伺うものでしたので、不躾とは存じましたが、付き添いとして参上いたしました」
子爵は深々と頭を下げた。ミネルバも隣で綺麗なカーテシーをとった。
「そう……」
ミネルバのみならず、子爵も有能な人物だ。帝国に多大な利益をもたらしたアウグスタ自体が、皇帝のお気に入りであることを皇妃も知っている。追い返すわけにもいかない。
ミネルバは頭を上げるとシリルに気付いたようで、わずかに目を見開き、不安げにシリルを見た。ミネルバはすぐに視線を逸らしたが、シリルは焦燥感に駆られた。今すぐ駆け寄って不安を取り除きたい。
(何故ここにミネルバと子爵が?アウグスタこそ皇妃と関りはないはずだが……)
シリルは奥歯を嚙み締めた。まだまだ自分の情報網は甘すぎる。狼狽えてはいけない。落ち着かせる為にシリルはもう一度お茶を口へ運ぶ。
二人の様子を視界の端で見ていた皇妃は、ぱちりと音を立てて扇子を開いた。
「親子で出向いてくれたということは、皇子との婚約の件かしら?こんなことなら、フレデリックもこの場に呼べば良かったわ」
(第二皇子…?)
――パキッ‥
シリルの持っていたカップは今度こそ音を立てて砕けた。
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