Episode.41
シリルは蒼白になり大きく頷く令嬢たちを見て、人知れず冷や汗を流した。
(そこまで怯えなくてもいいんじゃないか?)
部下を叱る時も、甥っ子を叱る時もそうだったが、怒鳴るより静かに窘めた方が効くのだ。しかしこれは効きすぎだ。やはり目つきが悪いせいだろう。
ガタイもよく、目つきも悪く陰気な男に怒られるなんて恐いに決まっている。リリーア・タナトスはともかく、他の令嬢には可哀そうなことをしただろうか?と一瞬感じたが、すぐに考えを改めた。
(いや、この令嬢たちは俺が前世を思い出す前からも執拗にミネルバに嫌がらせをしていたメンバーだ)
警告はしておかねば。同じことをされても困る。
震える令嬢たちを見ると、警告は正しく伝わったようなのでこれ以上は追及しないでおく。
呆然と虚空を見ていたリリーアは、シリルの視線に気づき顔を上げた。その瞳には困惑と少しの期待が混じっている。
(この女はどういう了見だ?まだ何か俺に期待をしている。俺に爵位が移りそうだから気を引こうとしているのか?)
公爵が『泳がす』と言った手前、リリーアにもこれ以上干渉しない方が良いのだろう。
(――だが、これだけは言っておかないと)
「タナトス嬢、私とあなたが婚約することはありません」
シリルははっきりと、きっぱりと言い切った。
「な……!どうして」
狼狽えるリリーアの声は、周囲の声によってかき消された。
「まあ、そうよね。普通に考えてありえないわ」
「公爵家にとっては問題を起こした張本人だもの」
「兄の方にあれだけすり寄っておいて、次は弟だなんて」
立ち尽くすリリーアを見ると、納得していない顔をしている。令嬢達が言っていることが理解出来ていないようだ。
(一度の否定では足りないか?)
シリルは少し思案して、ミネルバに向き直る。
「失礼、少し手をお借りしても?」
「えっ」
そう言ってミネルバの返答を待たずに手を取った。
「先ほど言っていた‥‥‥抱き寄せて、手を絡めて?」
抱き寄せることは流石に出来ないので、シリルはミネルバの手と自分の手を絡め、耳元に口を寄せた。
「耳元で、愛をささやく…でしたか?タナトス嬢。君が言っていた妄言を、俺がすることはあっても、君にすることはないでしょう」
リリーアを一瞥すると、顔を怒りで真っ赤に染めて震えている。
(これで少しは理解したか?)
シリルが短く息を吐くと、堪え切れないと言うかのように周りの女生徒達が奇声をあげた。
気付けば結構な注目を集めている。
すこし離れた所に、ローレンス・アリア嬢を見つけた。アリアは少し呆れたような顔をしてこちらを見ている。ぱくぱくと何かを伝えようと口を開いている。
『ラウザー令息、手を放してあげてください』
ミネルバの手を握ったままだった。ハッとして手を放す。ミネルバは動かない。嫌な予感を感じて顔を覗き込んだ。
(うっ……不快な思いをさせたみたいだ)
ミネルバは『無』の表情のまま固まっていた。そのままふらふらと食堂を出て行く。なすすべなくその後姿を見送ったシリルにアリアが言った。
「ちょっと!あのままにしないで追いかけてください!」
周りの女生徒たちの何人かが大きく頷いた。
シリルはすぐ外に出て周りを見渡した。中庭に向かうミネルバの後ろ姿を見つけ追いかけるも、なかなか声がかけられない。
声をかけて、「二度と触らないでほしい」なんて言われたら立ち直れない。しかし言われた場合取り乱したくないので心の準備をしておく。
そうこうしているうちに、ミネルバが中庭の噴水に腰かけた。
シリルは意を決して声をかけた。
「ミネルバ嬢……」
語尾が小さくなる。
ミネルバは顔を手で覆っている。そして無言のままだった。
「ミネルバ嬢…?」
耳まで赤いので、何を隠そうとしているのかがすぐに分かった。これ以上不快な思いはさせたくないが、隠されたものを暴きたい欲求にシリルは勝てなかった。
折れそうな細い手首を、優しく掴む。暴いてすぐに後悔した。紅潮した頬と、潤んで溶けそうな空色の瞳に、もっと触れたいと欲が出てしまう。頭に警笛が鳴る。
――離れないと、まずい。
意に反して手は離れなかった。このまま手首を引いて抱き寄せてしまいたい。
「……どうしてあんなことを?」
ミネルバの非難交じりの声音に、シリルは我に返った。
「すみません、不快でしたよね」
慌てて手を放し、一歩下がる。ライナスがいれば「殴ってくれ」と懇願したい。
ミネルバが眉尻を上げ、唇を固く結んでいる。明らかに怒っているその姿すら可愛らしくて、更に申し訳ない気持ちになった。
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