Episode.38
「シリル。お前、今度は何をしたんだ?」
翌日、シリルは朝から公爵の執務室に呼ばれ、覚えのない追及を受けていた。
「‥‥何のことでしょう?」
夜通し開発中の魔道具と向き合い、明け方少し仮眠をとった。――流石に三徹は無理があった。やはり寝不足で頭は働かない。それでも考えてみたが、覚えがない。朝から呼出されるようなことは何も‥‥していないはずだ。
身に覚えのない事に若干の不満顔で立っていると、公爵がため息を付いた。シリルが前世を思いだしてからこちら、公爵はどんどん老けていっているような気がする。悩みの種でも増えたのだろうか?
公爵はシリルの目を見て、少し怪訝な顔をした。
「なんだ?私の顔に何かついているか?」
「いいえ」
シリルは短く首を振った。
「アレックスのことではない。関わり合わないよう言った舌の根も乾かぬうちに、問題を起こしたようだが‥‥今回のアレックスの愚行は庇いようがない。アウグスタ子爵からも抗議の文が届いている」
――アレックスの愚行を庇おうとしないでほしい。
シリルは心の中でため息をついた。アレックスを甘やかした結果があの性格なのだ。公爵はイマイチ自分の非を理解出来ていない。
公爵は机の上に溜まっている書類の中から、一つ差し出す。
「これだ。今朝タナトス伯爵家から書信が届いた」
シリルは公爵の差し出した書類を見て目を見開いた。
その書信には、娘の趣味や長所、性格などがずらりと書いてある。
「……これは、釣書?」
「ああ。タナトス伯爵には娘のリリーアから夜会の一件に至った事由を問いただすように再三、催促していた。今朝届いた書信もその件だと思っていたのだが‥‥中身は熱烈な婚約の嘆願書だ」
公爵は額に手を当ててまたため息を吐く。公爵の動揺ぶりに、シリルはまさかと思いつつ聞いた。
「これは、アレックスにですか?」
「お前にだ」
「……正気じゃないな。父上、ラウザーも舐められたものですね」
公爵家からの催促を無視して、全く違う件を優先して送ってきたのだ。それだけでも侮られていると考えてもいいのに、内容が騒動を起こした男の弟への、婚約の願い出る嘆願書とは。
シリルの言葉に公爵はジロリと睨む。
「タナトス伯爵は昔は思慮深い男だったのだが、娘が絡むとどうも駄目だな。だがここまで強気なのも気になるところではある。もう少し泳がせてもいいか?」
(どこの貴族も子供に甘いな)
シリルは眉を寄せながら公爵の申し出に思案した。いつもならば、なるべく早く爵位を譲ってもらいたいので、公爵の申し出は快く引き受けるのだが‥‥
「この件は少し待ってください。これからアカデミーに行かないといけませんから」
「ん?ああ。思ったより真面目に通っているんだな」
シリルのこめかみがぴくりと動く。
(毎日通いたいところを、公爵が次々と仕事を持って来るんじゃないか。今日も朝からメリザに起こされ、執務室へ呼ばれたから遅刻だ)
侍女長のメリザに朝の支度を頼むと、いつもより倍の時間がかかる。
「タナトス伯爵家を泳がすのは結構ですが、アウグスタ嬢に誤解されるようなことがあれば困ります」
公爵は目を見開いた。そして呆れたように言った。
「誤解‥‥も何も、アウグスタ嬢とは未だ友人関係なのだろう?関係は特に進んでいないとライナスに聞いたが」
シリルは後ろに立つライナスをゆっくり振り向いた。ライナスは顔色一つ変えず毅然と立っている。
(ライナスは公爵の部下だから何も言えないが‥‥)
癪なので意味深な笑みを向けると、顔色を変えなかったライナスに冷や汗が流れた。
「まあいい。タナトス伯爵家の後にいる人物には目星が付いてはいる。また帰ったら話そう」
「はい。ではまた」
シリルは公爵の気が変わらないうちに執務室を出た。私室のある離れに戻りながら、ライナスがしれっと言った。
「主とミネルバ嬢に進展があれば、私も嬉々として報告できるのですが、特にないので報告しがいがありません」
「そうか。お前が嬉々として報告できるよう、俺も努力しよう」
リリーア・タナトス伯爵令嬢がアカデミーに復帰して三日目。ミネルバはシリルに懺悔したい気持ちでいっぱいになっていた。
リリーアは復帰してから一日も欠かさずミネルバの前に現れた。友人でもなければ同じ科でもない。にもかかわらず、移動教室の合間の廊下や、共有エントランス。食堂など、ミネルバと同じタイミングで現れ、友人たちと会話をしているのだ。会話の内容も決まっている。シリルのことだった。
シリルのどこが好きか、シリルから来た婚約の申し出など、あることないことを甲高い声で喋り、取り巻きの生徒たちと、きゃあきゃあと興奮しながら話している。……正直、不快である。
リリーアが言っていることは嘘であることを知っているのに、弁解することもせず、ただ傍観していることにミネルバは申し訳ないと感じていた。
読んでいただきありがとうございます。
ミネルバの複雑な想い、続きます。
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