Episode.36
「は、ははっ‥!抜いたな!もうお前は退学になるぞ!」
「心配しなくて結構だ。"魔道具が反応しないようにする魔道具"を、俺が開発したからな」
「なっ‥‥」
「いいか?アレックス。俺はどこでも剣が抜ける。アカデミーを卒業したいとは思っているが、そこまで執着はしていない。お前が俺やミネルバにしたことを鑑みれば、お前の腕1本くらいは貰ってもいいんじゃないかと思っている」
剣を握る手首を返し、カチャリと刃をアレックスの頬へ押し当てた。
警告音が鳴らないことに、アレックスは内心パニックを起こしているようだ。目の焦点が合わず、呼吸が荒い。
「先ほど言ってた事は本当なのか?いつ皇城に行ったんだ」
シリルが問うと、アレックスは小さい声で答えた。
「‥‥手紙だ。俺に直接、陛下から届いた」
あの皇帝が重要な事を手紙で言うだろうか?狼狽える様を実際に見て楽しむ事が趣味のような、あの皇帝が。
「その手紙、陛下の捺印はあったのか?」
アレックスの目に狼狽が浮かぶ。
「‥‥っ、そこまでは見ていない」
(信憑性は薄そうだな)
シリルは短く息を吐いて剣先を下げた。
「謀られたんじゃないのか。陛下が重要な件を家令も通さず書面で送るとは考えにくい」
思い当たる節があるのか、アレックスは項垂れた。
「俺の知る限り、父上も陛下もお前がアウグスタ子爵家に謝罪することを望んでいる。ミネルバの才能は陛下も認めているからな。これ以上ミネルバに近付いてアウグスタとの関係を悪くすれば、陛下の逆鱗に触れるのはお前だぞ」
「‥‥っ、うるさい!偉そうに言うな!公爵位の継承者は俺だ!」
アレックスはシリルに向かって拳を振り上げた。殴りかかるアレックスをシリルはひらりと躱す。
「くそっ」
悪態を突き、アレックスは踵を返して去って行く。
アレックスが去ると、反対側からライナスが姿を見せた。
「主、良かったのですか?このまま行かせて」
「ああ。しばらくは大人しくしているだろう」
シリルは抜いた剣を鞘に納めて深い息を吐いた。
「ふぅ‥‥」
危なかった。本当に斬るところだった。自制心を鍛えなければ。
「ところで主、本当ですか?魔道具を無効化する魔道具と言うのは‥‥」
「ん?ああ。あれは嘘だ。作れないことはないけど、そんなもの作ったら俺の魔道具が売れなくなるだろ」
にやりと笑みを浮かべて言うと、ライナスは呆れた顔をした。
「たちの悪い嘘ですね‥‥。では先程剣を抜いたのは良かったのですか?」
「これはアカデミーから支給された剣じゃない」
シリルは持っていた剣をライナスに渡した。
「なんと‥‥!」
「ヴェラに模造した物を用意してもらったんだ」
「完成度が高いですね」
ライナスは模造剣を感心しながら眺めている。
ヴェラに頼んだのは正解だった。レオンハルト達に渡したバレル男爵の違法売買の項目の中に、骨董品の模造販売もあった。レオンハルト達はその模造品の制作者たちを取り込んでいたらしい。
とはいえ、いつまでもアカデミーの支給剣の模造品を持っておく訳にもいかない。
「ライナス。その剣は片付けておいてくれ」
「承知しました」
「ミネルバ嬢は無事に邸宅まで送ったか?」
「はい。しかしアウグスタ子爵の怒りが凄まじく、公爵邸に抗議文が届く予定です」
それはそうだ。大事な娘が傷つけられたのだから。どんな文だろうとラウザー公爵家はアウグスタ子爵家からの要望を甘んじて受け入れなければ。
「再度俺からも謝罪に伺おう」
「子爵邸に入れてもらえるといいですが‥」
シリルの言葉に、ライナスが不吉な返事を返した。
――同日、タナトス伯爵邸
社交の好きな明るい娘と、年の離れた美しい妻。仕事が終わると、タナトス伯爵はいつも上機嫌で邸宅へ帰る。タナトス伯爵邸では茶会などの催しが頻繁に開かれ、明るい声が邸内に響いていた。しかし、今はその限りではない。
「――ふぅ」
タナトス伯爵はため息混じりに馬車を降り、邸内へ入る。使用人も口数が少なく、どこか邸内の雰囲気は暗い。
タナトス伯爵は上着を執事に預けると、帰宅を出迎えに来た妻に聞いた。
「リリーアはどうだ?おとなしくしているか?」
「ええ。この一月、邸宅から出ずに過ごしているわ」
「…そうか。アレックス様も謹慎が解けたらしい。そろそろリリーアもアカデミーに戻していい頃だろう」
「そうね。あの子も醜聞が立ってしまったけれど、顔立ちが良いからすぐにまた良い方が見つかるわ」
あの夜会以降、明るかった娘は鳴りを潜め、部屋に閉じこもっている。数日もすればけろりと忘れ、出てくるだろうと思ったのだが、そうはならなかった。
「あの子も反省しているようだ。アカデミーに戻る際には欲しいものをたくさん買ってやろう」
タナトス伯爵も、伯爵夫人も、遅くに産まれたリリーアが可愛くて仕方なかった。
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