Episode.28
馬車が止まった。アウグスタ子爵邸に着いたようだ。
門の前にはメイドと、侍従が一人立っている。シリルはそれを確認して馬車を降り、ミネルバに手を差し出した。
「今日は大変でしたね。バレル令息には充分に注意をしたので、もう貴方の前には現れないでしょう」
「ありがとうございます。お礼はまた今度改めて‥‥」
「いえ、お礼などいりませんよ。俺がしたくてしたことですから」
にっこり言うと、ミネルバはもごもごと困ったように下を向いた。
――はぁ。今日もミネルバが可愛い。
「迷惑でしょうか?」
「迷惑だなんて。ただ申し訳なくて‥‥」
二人のやりとりを馬車の上から見ていたアリアが声をかけた。
「ミネルバ。今日はやっぱり邸宅へお邪魔するのは止めておくわ。ラウザー令息にお話したいこともあるし」
ミネルバが驚いて振り返る。
「えっ、でもアリア‥‥」
ミネルバが心配そうにアリアとシリルを交互に見た。
(何だ?俺に話?)
内心身構えつつも、顔には出さないように気を付ける。
「俺はかまいませんよ。このままローレンス伯爵邸までお送りしましょう」
ミネルバはアリアを見ながら口をぱくぱく動かしている。完全に聞こえた訳ではないが、「シリル様にご迷惑をかけないでね!」と、そのような事を訴えていた。
ミネルバを残し、シリルとアリアを乗せた馬車は動きだした。ミネルバがものすごく心配そうにアリアを見ていたのが気になる。
(俺は一体何をされるんだ)
ミネルバにこれ以上近づかないで!とか言われたらどうしようか。どうすることもできないが。
しばらく走ったところでアリアが口を開いた。
「ラウザー公爵令息。先程の不躾な物言い、申し訳ありませんでした」
色々と思案していたシリルは驚いた。想定外の謝罪だ。何故急に態度が変わるのか理解出来ないが、とりあえず謝罪は受け入れる。
「いえ、かまいません。ローレンス嬢の言う通りですから。何故急に謝罪を?」
アリアは少し思案して静かに言った。
「ラウザー令息を誤解していました。またアレックス様のように、ミネルバをぞんざいに扱われるのではないかと」
「ローレンス嬢は、アウグスタ嬢の事が本当に好きなのですね」
アリアは心外だとでも言うように、自虐気味に微笑った。
「友人ですから。私は親友だと思っていますが。‥‥なのでアレックス様の時のように、また自分の無力さを悔やむ事になるのかと思ったのです‥‥ですが杞憂でしたね」
「兄の事は、本当に申し訳がないです」
「私に謝罪する必要はありません。ラウザー令息はミネルバの事がお好きですよね?」
アリアの言葉に、謝罪したまま俯けた顔をあげられなくなった。
「‥‥‥‥」
「あ、何も言わなくて結構です。あの雰囲気だと、まだ本人にも伝えていないようですし。ただ、早く伝えた方が良いですよ?ミネルバは本人は気付いていませんが、モテますし。婚約者がいなくなってクラスメイト達も浮足立ってます」
「‥‥‥‥‥」
ますます顔は上げられない。
『ぶふっ』
魔道具から吹き出す声が聞こえる。覚えてろよライナス。
「ミネルバは鈍いので、はっきりと言わないと伝わりません」
はきはきと話すアリアに、シリルは半眼で顔を上げた。
「‥‥つまり、ローレンス嬢は私を応援してくれているのですね?」
「はい。バレル令息からミネルバを守ってくれましたし‥‥ですが私はミネルバの味方なので、彼女が拒むようでしたら応援は止めます」
アリアは頷いて、きっぱりと言った。
「アレックス様が戻って来ても、アレックス様に譲ったりしませんよね?」
「それはもちろんです。アレックスに譲るなど、万が一にもあり得ません」
シリルがそう言うと、アリアは長めに息を吐いた。そしてまた頭を下げる。
「良かった‥‥。私のお話は以上です。重ね重ね、不躾な物言いを謝罪致します。ラウザー公爵令息に非礼な事を致しました」
「良いです。頭をあげてください。ミネルバを大切に思ってしたことを、俺が不快に思うはずがありません」
本心だ。良かった。ミネルバの友達に嫌われていなくて。
アリアは緊張が解けたように笑った。
「ラウザー令息はアレックス様のように振る舞われないのですね。近寄りがたくはありますが‥‥。令嬢達が騒ぐのも分かります。ミネルバも苦労しそうだわ」
「そうですか‥‥?」
令嬢達が自分を見て騒ぐのは未だに分からない。だがアレックスとは違うと言われて、そこは素直に嬉しい所だ。
「ラウザー令息、差し出がましいのですが、まだ頼れる家門が少ないのではないでしょうか?もし何かあれば力になりますので仰ってくださいね」
「え‥‥」
シリルはまた意外な申し出に驚いた。
長年引き籠もっていたシリルには頼れる家門がないに等しい。公爵位は現公爵の承認だけで得られるものではない。
『ローレンス伯爵邸に着きました』
ライナスの知らせと共に馬車が止まった。
「エスコートはいりませんよ」
扉が開くと、シリル達より少し年齢が下だろうか?少年が手を差し出している。
「弟です。ヨーク、ご挨拶を」
少年はアリアを馬車から降ろすと、一礼して名乗った。
「ヨーク・ローレンスです。本日は姉を送ってくださりありがとうございます」
アリアが言った。
「ではラウザー令息、本日はありがとうございました。爵位は伯爵と言えど、ローレンス伯爵家は建国から続く由緒正しい家門でございます。お力になれることがあればおっしゃってくださいね。――令息が、これからもミネルバの味方でいてくださる限り」
最後の一言にひやりとしたものを感じた。アリアの弟が申し訳なさそうに俯く。『姉が申し訳ありません』
と、彼の声が聞こえて来る気がした。
とはいえ、シリルがミネルバの味方でなくなることはあり得ない。心強いような、そうでもないような。とりあえず味方が増えたとシリルは思う事にした。
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