Episode.25
「はじめっ!」
グスタフの声を合図に四組の模擬戦が開始された。それぞれが木剣を持ち、相手に向かっていく。
剣術の教官はグスタフだけではなく、一組ずつ教官が就き、手元の紙に何かメモをしている。
シリルも模擬戦を注視した。生徒たちは思い思いに木剣を振っているが、皆似た動きをしている。基礎が同じだからだろう。騎士科の生徒ともなると、幼い頃から剣術を習っている。アレックスもそうだった。
(うぅむ。俺は基礎から習った方がいいかもしれないな。ライナスに時間のある時に指南してもらうか‥‥?)
シリルは引き籠もりの頃も今も、早朝や深夜に誰もいない公爵邸の鍛錬場で、筋力作りや鍛錬を日々行なっている。なので引き篭もりだったにしては、そこらの一般人よりは動ける。
しかし剣術に関しては、一応指南書を元に身に着けたものの、指導する人はなく、ほとんど独学に近い。
(誰かと剣を交えた事もないしな)
だからこれが初めての他者との実戦だ。少し緊張する。
生徒の大半が模擬戦を終えた頃、人数の問題で溢れた生徒達が教官との試合を始めた。
「シリル・ラウザー。こちらに来い」
名前を呼ばれ立ち上がる。グスタフが木剣を持ちシリルを手招きした。
「さあ、はじめよう」
グスタフはそう言うと木剣を構えた。グスタフのどっしりとした重量感のある筋肉を見ると、引き籠もりシリルが鍛えた筋肉など赤子同然。ぺらぺらである。
シリルも木剣を構えた。構えからして、何か違ったのかグスタフは面白そうにシリルを見た。
「うん?ラウザー公爵家の剣術指導者はカインツ卿だったよな?」
「それはアレックスの師範です。俺は独学です」
グスタフはますます興味を惹かれたようだ。
「ほぉ。なるほど。引き籠もりだと聞いているが、面白いな君は」
グスタフが木剣を片手で構え、左足を踏み込む。シリルは視界の端でそれを捕らえ、後ろに跳んだ。
(突きだ)
グスタフは三段構えで突いてくる。シリルも一歩、二歩と下がって避け、三歩目は後ろに跳び身体を捻って着地した。
グスタフの突きは、繰り出されるたびに重低音の風の音がする。
(危な‥‥これ当たったら骨折どころじゃ済まないんじゃないか?)
「身軽だな」
グスタフが感心する。
(たしかに、前世の記憶がもどってから身体が軽い)
筋肉も付きやすいし、異世界特有ものだと思っていた。前世の身体ではこんな動きはまず出来ない。
「打ってこないと試合にならんだろう」
グスタフはそう言いながらも、打たせる気がないように続けざまに木剣を打ち込んで来る。シリルはとにかく捌くだけで精一杯だ。とは言え、一発も打ち込まないまま終わりたくはない。
グスタフが腕を上げた瞬間、シリルは身体を低くした。片手で持っていた木剣に左手を添える。そのまま"胴"を狙って木剣を振り下ろした。
グスタフの胴が空いているはずだったのだが、シリルは次の瞬間宙を舞った。シリルの木剣はグスタフにより素手で掴まれ、身体ごとそのまま投げられたのだ。
シリルはあまりの衝撃に受け身をとれずに藪に突っ込んだ。
「惜しいな!」
グスタフは笑みを含んで言う。
そうしてそれぞれの模擬戦は終わった。
◇
「剣術のグループ分けは明日発表する。今日は1人ずつ剣を配るから、これから終始持ち歩き慣れること!学科の実技以外で剣を抜くんじゃないぞ。それぞれの剣には追跡の魔道具が組み込まれているからな。喧嘩など御法度だぞ」
教官の一人がそう言うと、生徒達に同じ剣が配られた。
「シリル・ラウザー。君は明日から1年生のカリキュラムに来なくていいぞ」
シリルが剣を受け取っていると、グスタフが言った。
「剣術の実技を学びたいんだろう?1年生とでは君は授業にならん。4年生でもいいが‥‥‥当分は揉めるだろうから兄と同じクラスにしないよう公爵閣下から通達を受けている」
「父をご存知なのですか」
「当然だ。何度もお会いしたことがある。‥‥まぁ、そうだな。とりあえず3年生から始めよう」
「‥‥はい!」
有難い提案だ。シリルは二つ返事で頷いた。アカデミーに飛び級制度があるのも知っていたし、するつもりだった。すぐには無理だろうが、ミネルバの学年に追いついて一緒に卒業するつもりだからだ。
「剣はどうだ?重く感じるだろう?」
「はい」
ずしりと重い。木剣とも、竹刀とも、木刀とも違う。
前世の感覚が強く残っているので、真剣を持つのに抵抗があるかと思ったが、そうでもない。
(人を斬れる剣か)
一緒に配られた剣帯に剣を吊るす。
(思ったより重いな)
「ふむ。なかなか様になってるじゃないか。シリル。君は基礎が全くなってないみたいだな。暇があれば訪ねて来なさい。見てやろう」
「え‥‥」
いいのだろうか?元、皇室騎士団長に授業でもないのにわざわざ?
(そしていきなりファーストネームで呼ぶとは‥‥何か裏があるのか‥‥?)
グスタフに疑惑の視線を向ける。
「何だ?呼び方か?ラウザーと呼ぶと、兄とどちらを呼んでるのか分からんだろう?陛下の計らいで、近い内に謹慎が解けるそうじゃないか」
グスタフの最後の一言で周りがざわついた。
(この教官‥‥)
まだ公然と知られていなかったが、アレックスの謹慎を解いたのが、実質皇帝であることが知れてしまった。
(すぐに明らかになることだが‥‥)
シリルがグスタフを怪訝な目で見ると、グスタフは豪快に笑った。
「はっはっ!態度に出しすぎだぞ。すぐに知れたことだ。そんなに動揺するな」
「していません。それより先程の話は本当ですか?私に剣術の基礎を教えてくれるというのは」
グスタフの人柄はいまいち掴めないが、元皇室騎士団長から指導を受けれる機会はあまりない。
「ああ。もちろんだ。君の面白い素振りを見せてくれるなら、いくらでも」
「は‥‥?」
「こっそりとアカデミーの鍛錬場でしているだろう?」
グスタフの眼は好奇心に満ちていた。
(単に珍しい剣術に興味があるだけか?)
少し気が抜ける。しかし警戒はなくなさいように。
「では、また伺います」
シリルがそう言うと、耳の魔道具から小さく声が聞こえた。
『――主、バレル令息に不審な動きがありました。こちらへ来た方が良さそうです』
シリルは通信を聞くとすぐに鍛錬場を飛び出した。
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