Episode.20
『――愛想もなく、可愛げがない。もう少し気の利く言い方はなかったのか?』
ふと、元婚約者の言葉を思い出した。
(シリル様は夜会の時、みんなの前で私を婚約者に‥‥と言ったのよね。考え直したみたいだけど、もし他の人もそう思っていたらどうしよう)
アレックスの態度でも分かる。誰を相手としても、私は婚約者として上手く立ち回れないのだ。
ミネルバが自分の考えにどんよりとした時、廊下が騒がしくなった。
経営学の教室の前の廊下から、女生徒の声がする。
(あら。珍しい。新1年生が迷ったのかしら?)
それともアカデミーを散策しているのかもしれない。毎年迷い込んだり、隅々まで散策しようとする新1年生がいるのだ。
(気持ちは分かる。私もそうだったもの)
ミネルバは立ち上がった。早く第三食堂に行かないと、席がなくなってしまう。
廊下を見ると、思ったより多くの女生徒が廊下に居ることに気がついた。しかも1年生だけではない。制服のリボンの色で分かるのだが、下級生も上級生もいる。
(な、何事‥‥?)
「アウグスタさん、騎士科の人が呼んでるよ」
クラスメイトの男子生徒がミネルバに声をかけた。
「え?」
(誰かしら?騎士科の知り合いはアレックス様だけだけど‥‥もう謹慎が解けたの‥‥?)
謹慎が解けたにしても、会いに来られても困る。
廊下を覗くと、待っていたのはアレックスではなかった。
アレックスと同じ髪の色で、顔は瓜二つだが、ミネルバから見たら全く違う。
昨日と同様、顔半分を隠していた前髪はなく、整った目元と通った鼻筋が顕になっている。女生徒はシリルに付いて来たのだろうか?不機嫌そうに立っているので近づく女生徒はいないが、皆集まって遠巻きにひそひそと何か話している。
「シリル様?」
冷たい印象のある紫暗の瞳が、ミネルバを見つけると柔らかく綻んだ。
「ミネルバ嬢」
シリルは誰が見ても嬉しそうに近付いて来た。さっきの不機嫌顔はどこへやら。
ミネルバはシリルがそこにいること自体に驚いていたので、シリルの違和感に今、気がついた。
「シリル様、どうして騎士服を着ているのですか?」
シリルは小首をかしげる。
「どうしてと言われても‥‥騎士科に入ったからですが」
「えっ?」
ミネルバは思わず声を上げた。
――騎士科。シリルとかけ離れた科だと思っていたが、言われてみれば確かに、昨日の立ち回りなど見れば納得出来る。
「シリル様は騎士になるのですか?」
ミネルバの質問に、シリルは面を食らったように目を見開いた。そして口角を上げて言った。
「うーん、出来れば貴方の専属騎士になりたいですが‥‥」
「えっ」
「それだと俺の望むものが手に入らないから」
「えっ?」
驚くミネルバを見て、シリルがにやりと微笑う。
(じょ、冗談?かしら?)
シリルが少し軽薄そうに‥‥初めてアレックスに似て見えた。‥‥と言うのはシリルは絶対に嫌だろうから、言わないでおくけれど。
ミネルバは小さく咳払いした。
「驚きましたが、納得です。シリル様は剣術がお好きだと聞きましたし。1年生から入り直したのですね」
騎士科も分かりやすいように、騎士服のポケットに学年ごとに色違いのチーフが挟んである。
改めて見ると、背筋がスラリと伸び、黒を基調とした騎士服に身を包むシリルには目を奪われる。
思わず見入ってしまった後にシリルと目が合い、咄嗟にそらしてしまった。
「ん?ミネルバ嬢?顔が赤いですよ。まさか俺の騎士服姿に見惚れでもしましたか?」
シリルが悪そうに微笑った。その顔もまた格好良く、なんだか腹立たしくなって来る。
(こんな風にからかったりもする方なのね)
誂うシリルは年相応に見える。少し憎たらしいので、ミネルバはぷぃっと顔を逸らした。
「見惚れては悪いですか?仕方ないでしょう。貴方達兄弟はやはり綺麗ですもの」
アレックスにはシリルのように見惚れたり、綺麗だと思ったことなどないけれど。
「‥‥‥‥」
無言だ。正直に言ってしまったミネルバはちらりと横目でシリルの様子を伺った。ぼそぼそと何か言っている。
「‥‥‥いや、冗談だったのに。‥‥綺麗って‥」
大きな手で顔を隠しているが、さすがに全ては隠せていない。シリルの頬がみるみる赤くなっていく。
(自分から誂ってきておいて、照れないでほしいわ‥‥!)
ミネルバにも赤面が移ってしまうではないか。
少しの間、二人は固まっていた。ミネルバはようやく周りの状況に気付いた。
周りの女生徒達が、疑惑の目をミネルバに向けている。
「シリル様、場所を変えましょう」
咄嗟にシリルの手を引き、廊下を足早に進む。
(早くここから離れないと)
女生徒達の疑惑の視線が刺さる。
ミネルバだってこれ以上シリルと一緒にいると、誤解を受ける事は分かっている。けれども、この女生徒達の中にシリルを置いて行く気にはなれなかった。
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