Episode.19
屋台を巡りながら、シリルは率先して目に映るあらゆる物を買ってしまった。最初は黙って受け取っていたミネルバだったが、持ちきれなくなって来た。
「シリル様‥‥買い過ぎです」
ミネルバに呆れた声を出され、財布の紐がゆるゆるになったシリルは固まった。
(――しまった)
同じことを、前世で甥っ子が産まれてから度々やってしまい、妹からも叱られた。いわゆる『おじさんが買ってあげるからなんでも言いなさい』だ。きらきらとした眼に弱いのだ。
シリルの"おじさん"の部分が出て来てしまう。
十六歳であり、三十五歳でもあるシリル。ミネルバの前では、出来る限りおじさんの部分を出したくない。
(夜会の日、老けていると言われたからな。なるべく若々しくあるように気をつけないと)
綿あめ、フルーツ飴、鶏肉の串に、光るボトルに入ったドリンク。改めてミネルバを見ると、シリルが買ったものをたくさん抱えている。
シリルはフルーツ飴以外を代わりに受け取った。
「すみません。私にとっても珍しいものでしたので
ついはしゃいでしまいました」
フルーツ飴を珍しそうに眺めて、シリルに視線を送る。
「フルーツ飴は私が食べても良いのですか?」
「あ、いえ。全部ミネルバ嬢に食べてほしかったのですが、多すぎでしたね」
ミネルバは微笑んだ。
「ええ。多すぎです。一緒に食べましょう」
二人は近くのベンチに座った。夕刻になるに連れ屋台にも人がふえて賑やかになってゆく。
名残惜しかったが、ライナスがシリルに促した。
「シリル様。そろそろ」
「そうだな。あまり遅くなっては子爵が心配する」
シリルは馬車でミネルバを子爵邸に送った。
「ではまたミネルバ嬢。アカデミーでお会いしましょう」
そう言うと、ミネルバは微笑んでくれた。
騎士科には剣術を学べる事とは他に、良い点がある。ミネルバの経営学科の隣に騎士科の訓練場があるのだ。以前の関係性ならまだしも、名前を呼べる友人ならば授業の合間に会いに行ってもおかしくはないだろう。
シリルは公爵邸に戻ると、着替えもせずにベッドに突っ伏した。目を閉じると浮かぶミネルバの姿。シリルは一ヶ月ぶりに深く幸せな眠りについた。
◇
「ミネルバ。貴方の婚約者、シリル・ラウザー令息に変わったの?」
「えっっ?」
友人であるアリア・ローレンス伯爵令嬢の言葉に、ミネルバの声は上擦った。
アカデミーの新学期が始まり、各学科の生徒達は各々の学部の棟に集まった。ミネルバの経営学の教室はアカデミーの端にある。
いつもの席に座り、教科書の整理をしていると、ミネルバを見つけたアリアが駆け寄って来たのだ。
経営学科は主に貴族令息の嫡男が多く在籍している。経営を学ぶ令嬢は少なく、ミネルバと同じクラスにも二人しかいない。その為、ミネルバとアリアは授業でも隣に座り、アカデミーでは多くの時間を一緒に過ごした気の置けない友人だ。
(そういえば、休暇中に婚約を破棄したことは手紙で伝えたけれど、詳細は書けなかったのよね)
「例の夜会、皇室の主催だったから行けなかったのよね。弟の方が助けたって聞いたけれど‥‥そのまま婚約までしてしまったの?」
「違うわ!」
ミネルバは慌てて弁解した。否定する時に胸がチクリと痛んだが。
普段ミネルバは大きな声を出さない。アリアの目に心配の色が浮かぶ。
「なによ、どういうことなの?また貴方、無理難題を押し付けられているんじゃないでしょうね」
「違うわ。婚約解消はしたけれど、新しい婚約者はいないの。シリル様も、困っていた私を助けてくれただけだもの」
ミネルバはもう一度否定した。シリルとの関係を自分で否定していくたび、心臓に鉛が落ちたように沈んでいく。
「そうなの?でも‥‥」
アリアが言いかけた時、教室の扉が開いた。
「さあ!皆さん!新学期ですね!」
声高々に経営学の教師、ダントレット教授は言った。沢山の教材を抱えた教授は、ふらつきながらも壇上に上がる。生徒たちはおしゃべりを止めてそれぞれ席に着いていく。
納得のいっていないアリアが、ミネルバの耳元で囁いた。
「ミネルバ。今日のお昼は第三にしましょう。そこで詳しく聞かせてちょうだい」
ミネルバは小さく頷き、姿勢を正した。
◇
午前中の授業が終わる鐘が鳴った。
ミネルバは小さく息を吐く。学年が上がり最初の授業だったというのに、あまり集中出来なかった。長い息を吐きながら教科書を整える。それを見たアリアが神妙な顔をした。
「長いため息。これは腰を据えて話す必要がありそうね。ミネルバ、第三に先に行っててくれる?私、ランチ買っていくから」
「え?第三で買えばいいじゃない」
二人が言う『第三』は、第三食堂の事だ。アカデミーには、食堂が三つある。第一食堂は貴族用に作られており、第二食堂は平民も気軽に通えるメニューがある。そしてミネルバ達が言う第三食堂は、カフェメニューが豊富だ。令嬢達が簡易なお茶会を開く時にも使われる。
「今日は私、久しぶりに第二のサーモンカツサンドを食べたいの。ミネルバ、先に席を取っておいてね」
アリアはそういうと、足早に教室を出て行った。ミネルバはその後ろ姿を見送り、教科書をカバンに納めた。
アリアの明るく、気取らず、気配りが出来る所をミネルバは尊敬している。自分にはない魅力だと思う。
読んでいただきありがとうございます。
ミネルバの友人、アリア・ローレンス。彼女は弟妹4人がいる伯爵家の長女です。優秀だけどどこか危なっかしいミネルバに寄り添ってくれる存在です。
ミネルバは、経営学科に女子が二人なので仲良くなれたけど、そうでなければ、アリアは友人になってくれただろうか。と時々考えたりすることもあるようです。
あとがきが長くなってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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