Episode.17
(よし。すぐに戻らないと)
シリルは目的の物を手に入れ、店から出た所で男とぶつかった。
「ひったくりよ!捕まえて!」
警邏隊に任せるべきだと思ったが、座り込んで叫んでいるのは初老の女性だ。
(お年寄りを無下には出来ないな)
シリルはぶつかった男を追いかけた。
男は刃物を持ち、振り回しながら逃げて行く。おかげで通りは大騒ぎだ。人集りで追いつけそうもない。
ちらりと横を見る。壁に寄せてちょうど良さそうに積んである木箱や樽を見つけた。
(いけるか‥‥?)
すぐ側に停まっていた荷車へ飛び乗り、勢いそのままに木箱を蹴って屋台の天幕に手を掛けた。
周りにいた人々が驚いて声を上げる。シリルは構わず天幕の上を駆けて、ひったくりの進路の先に飛び降りた。
「うわっ!?なんだお前!」
目の前にいきなり現れたシリルに驚き、男はナイフを振り上げた。シリルは皮一枚でナイフを避け、男のみぞおちに拳を深くたたき込む。
(思った以上に上手く筋肉が付いてるな)
自身の筋トレと鍛錬に満足し、苦痛に顔を歪ませた男を見る。
「ぐっ‥きさま‥‥」
ふらつきながらも、まだ余力がありそうだ。向かって来た男をひらりと躱し、背中を蹴飛ばす。前のめりに倒れた男の腕を取り、関節を外した。
「うっぐあ!」
(諦めたか?)
うずくまり、静かになったのでシリルが立ち上がると、周りから歓声が上がった。
「すごいな兄ちゃん!」
「どこの騎士だ?」
「強いのね!」
(しまった。やりすぎたか?)
後悔しても後の祭りだ。思った以上に人が集まっている。引き篭もり時代のシリルが鍛えた筋力と、今の自分の持つイメージでどこまで出来るか試してみたかったのだ。
「シリル様!」
真っ青な顔でミネルバが駆け寄ってくる。
「お、お怪我は?ナイフが当たったり‥‥」
蒼白な顔でシリルの怪我の有無を確認している。腕を伸ばされたり、頬を伸ばされたり。シリルは思わず微笑って言った。
「大丈夫ですよ。ミネルバ嬢、良ければこちらを御婦人に返して貰えますか?」
シリルはひったくりから奪い返したアンティーク風のカバンをミネルバに渡した。
◇
ミネルバが老婦人にカバンを返している様子を少し離れた場所から見守る。よく見ると老婦人に貴族の令嬢が支えるように寄り添っていた。
(連れがいたのか)
カバンを渡して、少し会話をしてミネルバは走って戻って来た。
(そんなに急がなくてもいいのに)
ちょこちょこと走るミネルバは大変可愛らしい。もはやシリルの目には、ミネルバが何をしても可愛く映ってしまうのだ。ここまで好意を持つ相手は前世でもいなかった。
こんなにハマってしまっては、彼女に他の男が充てがわれる事を許すことは出来ない。
(嫌われたら諦めるしかないが、嫌われていない事は確かだ)
「どうしてご自分で返さなかったのですか?」
走って来たミネルバが息を整えながら聞いた。
「ああ、自分は人より身体が大きいので‥‥あの貴婦人は先程危ない目にあったばかりでしょう?怖がらせるのではないかと‥‥」
とは言っても、ライナスよりは小さいのだが。引き篭もりの時の記憶はしっかり残っているので、やっぱりまだ自分が近づけば気味悪がられるのではと思ってしまうのだ。
だから出来れば、あまり人と関わりたくない。
「そんな事はありませんよ。シリル様はやはり優しいですね」
「いえ、そんなことは‥‥」
ない。と心の中だけで否定しておく。
俯くシリルに、ミネルバは笑顔で言った。
「お礼に今度お屋敷に招待してくれるそうです」
「え。いや、それは」
「私と一緒にと」
「是非行きましょう」
シリルは食い気味に言った。善行をして良かったと心から思った。
シリルが捕まえたひったくりは、ライナスが警邏隊へ引き渡した。
「シリル様の立ち回り、初めて見ました」
ライナスの言葉に、シリルは得意げに答えた。
「すごかったか?アクション映画みたいだっただろう」
樽や椅子があればもっと色々試したかった。
「アク‥‥?それはよく分かりませんが、すごかったです」
ミネルバがきらきらした目で言う。眩しい。
「あっ、そうだ。ミネルバ嬢、これを」
シリルは懐から取り出した包みをミネルバに渡した。
「これは‥‥?」
ミネルバが包みを開くと、中に羽根のチャームの付いた万年筆が出て来た。
「私からのプレゼントです。今日の記念に」
「で、でも」
ミネルバが貰っていいのか迷っているようなので更に言う。
「確かにこちらの方が使い勝手は少し悪そうなので、ミネルバ嬢がお買いになった方はアカデミーで使って、こちらは自宅で使ってはどうですか?羽根が可愛いので観賞用にしても良いし」
羽根は紫の物を選んでしまった。この世界で、女性への送り者に自身の色を送る風習があることを、シリルも知っている。迷ったが、紫があったのでつい選んでしまった。
だがシリルの瞳の色より少し明るい紫色だ。だから大目に見てほしい。などと胸中で誰に言うわけでもなく弁解してみる。
「私も自分用に買ったのです。どうですか?友情の証として受け取ってもらえると嬉しいのですが‥‥」
シリルは自分用の青い羽根の万年筆を出した。ミネルバがシリルの万年筆を見つめるので、シリルの顔色はサッと青ざめた。
(しまった‥‥俺がミネルバ嬢の色を持っていたらキモいか?紫の方を持っていてほしかったが‥)
「‥‥青い方がいいですか?」
シリルが聞くと、ミネルバは首を大きく振った。
「いっ、いえ。こちらの方が‥‥この色が良いです。ありがとうございます」
大事そうに胸に抱えてミネルバが言った。
「大事にしますね」
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