Episode.15
「あ、ええと。何故か女生徒の方が集まって来てしまい‥‥‥」
しどろもどろと答えるシリルに、ミネルバはぽかんと見上げてきた。
「まあ。ふふ。そうでしょうね。今のラウザー様は魅力的ですから」
上目遣い‥‥からの笑顔。寝不足の回らない頭でシリルは何の拷問だと考えた。
――魅力的。魅力的と言ったのだ。ミネルバがシリルの事を。
(前髪を切って良かった)
先月の訪問の際、アレックスと同じ顔にミネルバは不快感を示さなかった。迷ったものの、やはり邪魔なので前髪を切ってしまった。
シリルはぼんやりとミネルバを眺めた。
(たしか、触っても嫌ではないと言ってたよな)
無理やり引っ張って来てしまったからか、金糸の髪が頬に落ちている。
手で落ちた髪を掬うと、ミネルバはびくりと身体を強張らせた。
「‥‥!申し訳ない。どうか私を殴ってほしい」
「えっ」
シリルは土下座したい気分になった。
(勝手に触って良い訳がないだろ!誰かほんとに俺を殴ってくれ‥‥)
過ちをおかす前に。
「だ、大丈夫ですよ?ほこりでも付いていましたか
?」
気を使って言ってくれるミネルバに、シリルは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いえ、俺が無理に引っ張ったものですから、髪が少し崩れていて‥‥」
だからと言って淑女の髪に勝手に触れるなんて、この貴族社会で許されたものではない。
(プレイボーイじゃあるまいし‥‥)
シリルは心底反省した。ミネルバの好感度を上げたいのに、上げる前から下げている気がする。
気を取り直して、シリルは言った。
「アウグスタ嬢、今日の進級式のあとは予定はありますか?」
「ええ。街に学用品を買いに行こうかと。何かご用でしたか?」
「あ、いえ、用と言うほどでは‥‥」
「シリル様」
「うわ」
気配を消してライナスが現れ、シリルは肝を冷やした。
(いや別にやましい事をしていた訳ではないから、慌てなくてもいいのだが)
シリルは気付いた。人気のない場所に令嬢を連れ込んだのだ。充分やましい事だった。
蒼白になったシリルに構わず、見捨てられたライナスはズケズケと言った。
「ご令嬢をスイーツ店に誘うことは出来ましたか?」
「こらお前、だまれ」
取り繕う暇もなく目的をバラされ、少々汚い言葉が出てしまった。
「私を犠牲にしたのです。益がなければ困ります」
いけしゃあしゃあとライナスは言う。この1ヶ月、ほぼ毎日一緒にいたので気心が知れすぎてしまったようだ。
「あら?貴方はこの前にもお会いしましたね」
ミネルバが聞くと、ライナスは丁寧にお辞儀をして自己紹介をした。
「私はライナスと申します。現在はシリル様の専属騎士を務めております」
「そうなのですね。ライナス様。私はミネルバ・アウグスタです」
ミネルバの言葉に、シリルは絶句して、脱力した。
「そんな‥‥俺でさえ名前で呼ばれていないのに。おい、ライナス。家名も名乗れよ。アウグスタ嬢が呼びにくいだろう」
震えながら言うシリルに、ライナスはにべもなく答える。
「私の家名は捨てたも同然ですので」
内心泣きそうになるのを堪えながら、シリルはミネルバに言った。
「私の事もシリルと呼んでいただきたいです」
「えっ‥‥ですが」
「先程は呼んでくださったじゃないですか」
シリルの言葉に、ミネルバの顔が赤く染まった。
「あっ、あの時は動転しておりましたので‥」
手で赤く染まった頬を隠すミネルバを、シリルは我慢しながら見つめた。
(可愛いが過ぎるぞ‥‥?)
「シリル様‥‥何も、何もされてませんよね?」
ライナスの視線は冷ややかだ。
「申し訳ありませんご令嬢、シリル様の希望を汲んでいただけませんか?私は目の前で泣く主人を見たくありません」
(言い方。もう少し主人を立ててくれ)
ライナスに思う所はあるが、ミネルバが名前で呼んでくれるなら本望だ。シリルは懇願する眼でミネルバを見た。
「アウグスタ嬢、駄目でしょうか‥‥?」
「う‥!」
(う?)
ミネルバが短く呻いたのが気になったが、シリルは眼で懇願を続けた。
ミネルバは視線を彷徨わせ、やがて紅い顔のまま頷いた。
「では、シリル様‥‥とお呼びします」
「か‥‥」
わいい。
「ありがとうございます。私もミネルバ嬢とお呼びしても?」
ミネルバは赤面したまま、ジトリとした視線でシリルを見た。あまりの可愛さに顔がにやにやしてしまっているので、からかわれていると勘違いしているかもしれない。
「いいですよ」
ミネルバの返事に、シリルはここ一ヶ月の不眠不休が報われた気がした。『最低な元婚約者の弟』から、『名前を呼び合える友人』まで親密度が上がったのだ。ここで倒れたとしても、今日来て良かった。
「良かったですね」
抑揚のない声で水を指すライナスに、シリルは上機嫌のまま言った。
「いつまでいるんだ?ライナス。早く公爵邸へ戻れ」
「閣下が(何を仕出かすか分からないので)出来る限り近くにいるようにと」
「なんだと?」
シリルの下がる機嫌を察知したのか、ミネルバが口を挟んだ。
「シリル様、大丈夫ですよ。高位貴族の方は護衛を連れているのは普通の事です」
「ですが、ミネルバ嬢にはいないじゃないですか」
「私は上位貴族ではありませんので‥‥」
シリルに良い考えが浮かんだ。
「とはいえ、貴族のご令嬢が1人で街へ行くのは安全ではありません。私が護衛兼友人として、同行しても構いませんか?」
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