Episode.13
「‥‥‥ということは、そういう事なのかしら」
ミネルバは小さく呟いた。
婚約破棄騒動の夜会から一ヶ月。ミネルバは悩んでいた。もちろんアレックスの事ではない。
婚約破棄の騒動の最中、ミネルバとアレックスの間に割って入ってくれたシリル・ラウザー。彼は確かに言ったのだ。
『兄との婚約が破棄したら、私の婚約者になってほしい』と。
父であるアウグスタ子爵が皇帝陛下に呼ばれ、登城した次の日、子爵は邸宅に戻るなりミネルバに言った。
「アレックス・ラウザー令息との婚約は、解消となった」
「‥‥‥はい」
返事をした後、ミネルバはその後に続く言葉に少し期待をしたのだ。
だが、子爵はそれ以上言う事はないようで、二人でお茶をしてミネルバは自室に戻った。
それから何の音沙汰も、父からも何も言われていない。
「お父様、私の婚約の件は、その後何かありましたか?」
「ん?いや、あんな事があったばかりだ。陛下からも何も言われていない。心配せずとも、すぐにまた別の婚約者が充てがわれる事はないよ」
子爵はミネルバの頭を撫でて優しく言った。
ミネルバはもう一度呟いた。
「だから、そういうことなのよ」
ここまで何も音沙汰がなくなったということは、そういう事なのだ。シリル・ラウザーが考え直したのだろう。ミネルバを婚約者にと言っていたが、思い直したのだ。
「それはそうよね」
何故か分からないが、気持ちが沈む。
(考えてみれば当然よ。彼に私の助力は必要ないもの)
家格が釣り合わない子爵令嬢のミネルバと、次期公爵であったアレックスの婚約が成立していたのは、ミネルバがアレックスの補佐に適していたからだ。アレックスの足りない知識を、ミネルバが補う為。ミネルバはそれを承知していた。
ミネルバはシリルの論文を読んだ事がある。アカデミーに入学し、最初の一、二年間、シリルは登校を拒否していた。論文のみで教授達を唸らせ、進級していたのだ。
(昨年度は論文さえ提出せず、留年してしまったみたいだけれど‥‥)
ミネルバがたまたま見てしまった論文。
(アウグスタ領の干ばつに対する対策もすごく参考になったもの)
それからミネルバは教授に頼み込んで、シリルの論文を見せてもらうようになった。
シリル・ラウザーと話をしてみたいと、何度思ったことか。
(2年前に書いていた魔道具の開発はどうなったのか、会えたら聞こうと思っていたのに)
実際に会うとそれどころではなかった。ミネルバ自身、まさか自分があんなに喋れなくなるとは思っていなかったのだ。
(歳は同じはずなのに、どうしてあんな‥‥)
脳裏にシリルの胸筋が浮かび、ミネルバは枕に顔を突っ伏した。
(な、何を考えたの私は!)
奥手であるミネルバが思い浮かべる光景としては、少々刺激が強い。
ミネルバだって男性に耐性がない訳ではない。子爵に付いて視察に周る時も、大人の男性と意見を交わす事だってザラにある。農具の開発の関係で農地の視察に行った時も、上半身裸の青年達が働いていても動じもしなかったというのに。
(なんだか悔しいわね)
もっと有意義に会話が出来ていたはずだと、ミネルバは自分を叱咤した。
「――はぁ」
しかしもう会うことはないだろう。公爵家との縁は切れてしまったし、シリルはアカデミーに顔を出さない。出したとて、学科も違うので接点もない。
暗く陰鬱で、人と接点を持たないと聞いていたが、夜会当日の彼は全くそんな人物ではなかった。
(何があったかは知らないけれど、社交面にこれから力を入れるなら‥‥どこかのパーティーで見かける事もあるかもしれないわね)
文章でしか知らなかったシリルに、少し憧れの気持ちがあったのだ。
もう少しで長期休暇だったアカデミーの新学期が始まる。
(アレックス様の事を気にしなくていい学園生活なんて、気分が上がるわね)
アレックスはまだ謹慎中だ。謹慎が解けたらアカデミーに戻ってくるようだが、科も校舎も違うので会うことはあまりないだろう。
今までは、アレックスが知っておかなければならない事案の報告や、彼が単位を落とさないように様子を見に行かなければならなかった。
職務だと思っていたが、これもなかなか苦痛だった。アレックスが自分を良く思っていない事は知っていたからだ。
(シリル様とは、いつかどこかで会えたら、論文の事を聞けたらいいわね)
ミネルバはシリルの事は切り替え、気分良くアカデミーの荷造りを始めた。
―――だから想像もしなかったのだ。こんな展開は。
「し、し、シリル様‥‥!少し離れていただけると‥‥!」
ミネルバは今、消え入りそうな声で懇願している。
目の前の胸板から離れようと押してみるがびくともしない。以前も思ったが、文官系であるはずの彼の胸板が何故こうも厚いのか。
接点がないどころではなく、ミネルバは今シリルと吐息がかかるほど接近していた。
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急接近?した2人。明日も更新しますので、続きをお楽しみに(^^)




