Episode.12
皇帝は目を細めてシリルを見据えた。
「言ってみなさい」
「‥‥アウグスタ嬢に、何もしないで頂きたいのです」
ごくりと生唾を飲み込む。シリルが願い事を言うと、皇帝の纏う空気が少し重くなった。
「何もするな‥‥か。ふむ。難しい事だな。彼女に嫁がせたい家門はラウザーだけではないのだ。公爵も言ったと思うが、お前がラウザーを継ぐのであれば、彼女は別の家門に行ってもらいたい。優秀な人材が一箇所に固まっても仕方ないだろう?散らばった方が帝国にとって有益になる」
温かみのない皇帝の眼に、シリルは心の底に小さな怒りが湧いた気がした。だが仕方のない事だ。帝国の主なのだ。国の事を第一として考えている。甥を道具の様に考えても仕方がない。
(正しい皇帝の在り方だよな)
親戚のおじさんとしては最低だが。
「陛下と国にとって益があるように私が努めます」
シリルの言葉に、皇帝はにやりと笑った。
「ほう。聞こうではないか」
――小一時間ほどして、シリルが辟易した状態で執務室から出て来た。皇帝の執務室だけあって、会話は一切聞こえなかったので、ライナスは内心ハラハラしていた。
ふらふらと歩くシリルに、ライナスは付いて行く。
「大丈夫ですか?」
ライナスが声をかけると、シリルはにやりと悪い笑みを浮かべて言った。
「ああ。目的は達成した。卒業まで猶予を貰ったからな」
◇
シリルは自分が皇帝に出せるカードの大半を出した。
引き籠もりのシリルが提案して、知識不足の為に頓挫していた幾つかの事業が、前世の知識が戻った事によりほとんど実現出来る。
なかでも生活魔道具の開発は利益が高そうだったので、皇帝との独占契約を結び、利益の六割を皇室に献上することにした。
帝国は広く、アウグスタ子爵領と同じく荒地が多い。アウグスタ領よりも乾燥の激しい土地でも育つであろう作物の開発と流通。
出した提案の殆どを皇帝は所望した。
「陛下との話し合いは上手くいったのか?」
執務室に入るなり、公爵はシリルに聞いた。
「はい。さすが大陸一の広さを持つ帝国の皇帝ですね。貪欲でした」
シリルは遠い目をして答えた。
これなら寝る間もないのではと一抹の不安が過ぎる。
(アカデミーにもちゃんと通い直す予定なんだが、少し計算が狂いそうだ)
まぁいいか。アカデミーは頭を使う科ではないから。
何にしても、一番の懸念事項がなくなったから気分も上がって来た。
皇帝はアカデミー卒業までミネルバの嫁ぎ先を探さない事を約束した。
『卒業するまで、何も変わらねば卒業と同時に私が定めた家門に嫁ぐよう通達を出す。卒業までに令嬢の気持ちがお前にあれば、婚約を許そう。私とて、甥っ子と帝国民の幸せを願っているからな』
『それと当然、提案した件は全て恙なく進行させる様に』
話を聞くと、シリルがこれから寝る間もなく忙しくなりそうな事は分かった。
公爵はため息交じりに言った。
「良かったな。アウグスタ嬢に新たな婚約者が充てがわれずに済んだようで」
「はい。その点は本当の良かったです」
いつ新たなアレックスが現れるのかヒヤヒヤするのは、シリルの精神安定上よくない。
「アカデミー卒業までと言うと、シリルは後4年、アウグスタ嬢は3年だったな?」
(そうか、俺は留年してたな)
「たしかお前は魔道具開発科だったな。1年以上欠席していたから、留年したが。留年した後継者など、前代未聞だ」
誂う様にいうのを見ると、その事実はあまり気にしていないようだ。
「父上、専攻を変えようと思います」
公爵は怪訝な顔をした。
「魔道具開発の技術は、公爵家の開発事業で学びました。私にはもう必要ありません」
「何科にだ?」
「騎士科です」
公爵の悪い予感は当たったようて、深くため息を吐いた。
「――はぁ、アレックスと同じじゃないか。あれも謹慎が解け次第、アカデミーに通うのだぞ」
「私は一学年からやり直すので、すれ違うこともそうないでしょう」
公爵は眉間に皺を寄せたまま思案している。
「まぁ‥‥そうだな。他の科もシリルにはもう学ぶ事はないだろうが‥‥アカデミーに通う理由はアウグスタ嬢との接点の為だろう?学んだ事でも構わないんじゃないか?」
「私は時間を無駄にすることは嫌いなのです。伸びしろがあるとすれば剣術くらいなので」
言い切るシリルに、公爵は諦めたように頭を抱えた。
「アカデミーでアレックスに会ってもあまり刺激するなよ?」
「それはあちらの出方次第ですね」
「お前な‥‥」
(アレックスを完全に見限った訳ではないのか)
「何だその目は」
公爵がシリルの思考を読んだかのように言った。
「アレックスもお前も、私の愚息であることは変わりない。騒ぎを起こすなよ」
最後にもう一度念を押されて、シリルは退室した。
(皇帝も最後に言っていたな)
『お前が公爵家を継いでくれるのは有難いが、アレックスが継ぐのが悪い訳でもない。あやつはあやつで扱いやすいからな。公爵家が勢力を持つのを嫌うやつらもいる』
『‥‥肝に銘じます』
(寝首をかかれないよう、気をつけないとな)
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