04 巨大なる深海魚
SNSって奴には、色々なものがある。中には、使い手を呑み込もうとする連中も居るが、基本的にそう言う連中の存在は「消費型エンターテイメント」であるとして、寝る際のお供にするくらいに考えていれば良い。受け手を試すツールであるが、間違えなければ使い物になる代物だ。
そのSNSで、妙なハッシュタグが流行始めている。それと同時に、妙な事件が増えている。警察庁サイバー監察課は、この現象を察知するのと同時に、調査に乗り出していた。
「#アドラー支援」。それに、「#アドラー通報」。この2つのハッシュタグが、SNSにて爆発的に流行っており、それに合わせた不可解な事件が、日本中で起きている。事実を伏せて入るが、恐らくは他国でも増えている筈だ。今の内にどうにかしなければ、世界中がこの混乱の渦中に放り込まれてしまう。急がなければならなかった。
「先ず、「アドラー」って言うのは、ドイツ語で「鷲」って意味なんだよな」
「だが、「鷲」で検索しても、なかなか本丸の情報にまで辿り着けない。あと1歩という所で、追及の手が止まる」
「しかし、このまま無法地帯のままにしておく訳にはいかない。今月に入っただけで、原因不明の殺人事件が19件、傷害致死が35件、それ以外にもケガ人が23人も居る。手を拱いていれば、我々の沽券に関わることになる」
「警察である事を伏せて接触しようとしても、頑として受け付けない。「今トイレ中」「今ゲーム中」「今食事中」とだけ返信されて終わりだ。何がそんなに怖くて交流を避けるのか」
「……怖い?」
「ああ、まるでこちらに対して怖がって逃げ出しているように感じる事がある。あんな不可解な事件を起こす力があるのだから、警察なんて怖くない筈なんだがな」
「そうか、怖いのか」
「なんだ、新しいアプローチでも思いついたか」
「ああ、あいつらのフィジカルは兎も角、メンタルは豆腐よりも脆くて崩れやすい。試してみたい、やらせてくれないか」
「……責任、とれよ」
「誰か、助けてください
#アドラー通報」
「どうかしたのか
#アドラー通報」
「今、とても不安で怖いんだ。このままじゃあ、安心して暮らせないんだ
#アドラー通報」
「大丈夫、心配するな、何とかなる
#アドラー通報」
「ありがとう。ちょっと元気が出て来た。君は、誰なんだい?
#アドラー通報」
「ここで説明しても信じてくれるかどうかは分からない。仮に説明したとしてあんたが理解出来るかどうか
#アドラー通報」
ちぇっ。やっぱり肝心な部分には答えようとはしない。かなり用心深い奴だ。「アドラー」の正体は何なのか。敵なのか味方なのか、どちらにせよ敵を知り己を知らねば、情報戦にて大敗している今、ここから先、世界中で無法地帯な戦場が出来上がる。
「怖い。怖いよ。安心したいんだ。落ち着きたいんだ。不安なんだ
#アドラー通報」
「じゃあ、この動画見ろ
Hp://adora-battle.movie.exit
#アドラー通報」
……なんだこれ。ニチアサの実写化なのか。動画生成AIでも使ってでっち上げたのか。変身ヒロイン同士が戦っている。こんな絵面を見せてどうにかしようと言うのは、矢張りこれもまた外れなのか。
誰か、この手のアニメに詳しい奴を読んできて、分析してもらうか。
「AIが作ったかどうかは兎も角、これはあのアニメの実写化ではありませんね。あのシリーズは、ヒロイン同士では戦わないんです。1度やって大失敗したんで、以来禁じ手となりました」
「それと、これまでこんなデザインのヒロインは出て来ていません。私が知らないだけで、新しく企画されていたデザインで実写化、なんて事もあるかもしれませんが、だったら私の情報網に引っかかっている筈です」
「……でも、AIで作った割には、手振れが激しいし、やけにディティールが良く出来ているし、個人製作の割には殺陣が本格的です。もしかしたら、本物かも知れません。本物の悪戯じゃないでしょうか」
それはそうだ。ふざけすぎた。アドラーの正体が、変身ヒロイン? 世の中を舐めている結論である。こっちは真面目にやっているのに、この糖対応、塩の方がまだマシである。
それでも、何でも良いから結論だけでも見出さなければならない。
「見た。あれは誰かな
#アドラー通報」
「もしお前が同じ奴に狙われたら、その時は助けに来てやる。それまでは、例え警察であろうと身元は明かさないよ。SNSには色々な奴が居るけど、まさか警察に目をつけられるとは思わなかったよ。
じゃあね」
なんてやろうだ。こちらは釈迦の掌の孫悟空であった。取り敢えず、「アドラー」は敵でも味方でもない。インターネットに潜む「ヒーロー気取り」のハッカーでは無いのは分かったが、だからと言ってこれまでの事件の責任の所在が何処にあるのか、警察が敵に回るとはどう言う状況なのか。これではてんで分からない。
分かった事実は、1つだけだ。広大なインターネットの中で、「アドラー」の存在はその地位と支持を確固たるものにしている。先程のSNSのやり取りだって、本人がやっているとは限らない。しかし、手続きや過程を省いて法を執行している現状は、法治国家のそれではない。
専門の部署を作り、情報収集と今後の対策を考える必要がある。サイバー監察課だけでは手に余る代物だ。
「でも、実際に3次元になってみると、結構キツいですね。不細工なコスプレイヤーよりはマシですけど。やっぱり変身ヒロインはアニメで充分ですよ」
その言葉だけが、この場にいる警官の共通の見解であった。あれは対象年齢も太くて短いらしく、下手すれば1、2年で卒業なんて事もあると聞く。大人の男には理解出来ない世界である。
しかし、どんなに馬鹿馬鹿しい事でも、理不尽で不条理な現実でも、受け止めて、呑み込んで、向き合わなければならない。それが大人の、警察官の務めである。理解出来ないので対処しません。なんて言うのは、警察官だけでなく、国家としても有るまじき態度である。事にそれが安全保障に関わる問題となると、対処出来ませんではすまされない。
かくして、警察庁に新しい部署、「正体不明事件捜索班」が創設されていた。まだその存在が疑われている中で、集められた人材は、全国の警察官や刑事の中でも奇人・変人・窓際族が続々と集められて、それは正しく「独立愚連隊」と呼ぶのに相応しい面子が揃っていた。




