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02 翔ばずに消えない

 蛹にも色々な奴が居る。上手く孵化して成虫になれる奴、哀れそこまで成長する前に食われる奴。

 そして、自分の様に孵化する事も食われる事も無く、死んで中から腐っていく蛹も居る。

 「何者」にもなれなかった。歴史に名を残せと言われて、何も残さずに「市民A」として消えていく運命だ。いや、「消耗品A」だ。いやいや、使ってすらもらえなかったでは無いか。誰にも見られないままに、消えていく自分をただ見つめ続けるだけの毎日。チヤホヤされる一部の、ピラミッドの天辺の成功者達から「負け犬」「駄馬」「出来損ない」と言う言葉になっていない声を聞かされながら、反論する事も出来ないままに、時間だけが過ぎていった。

 気が付けば、この事実を強かに叩き付けられるだけであった。

「人生は短い」


 狭いアパートの部屋の中で、バイトから帰ってきた身体を横にしながら、柏葉高子は己を呪い続ける。なんで今まで「何か」してこなかったのか。なんで今まで「時間」を無駄にしてきたのか。なんで今まで「夢」を持ってこなかったのか。

 万年床になっている布団の上に転がると、玄関の呼び鈴が鳴る。誰だろうか、こんな時間に。もし玄関に白馬に乗った王子様が居たらどうしよう。そう出会った場合は、自分は知らない内に麻薬を使わされていて、ラリった状態なのだ。


「泊めてくれ」

 そう言うのは、白馬に乗った王子様ではなく、今晩の食事をレジ袋に入れている、女の子であった。見た感じ、確かに女の子である。しかし、何かが「違和感」となって、高子の中でこの女の子を受け入れられずに居たが、今夜は独りで居たら耐えられないと思って、取り敢えず部屋には入れた。

 電子レンジも使わないで、冷めたコンビニ弁当を箸で食べるその様を見ていて、柏葉高子は1つの事実を理解してしまっていた。

「あなた、男でしょう」

「まだ「七割」程度は「男」だ。でも、毎日1%ずつ「女」になっている。どう足掻いても、防げそうに無いから、放って置いている」

 そう、この歪んだボーイッシュな仕草が、全てを物語っている。であればこそ、確認しておくべき事は確認しておく。

「あなた、未成年でしょう」

「ああ」

「家出したんでしよう」

「ああ」

「理由は何? 言っておくけど、私は大人としてあなたに接するつもりよ」

「勝手にしろ。俺は明日の朝には出て行く。あんたの稼ぎは当てに出来そうに無い。2人分の家賃なんて払えないだろう」

「大きなお世話よ」

「だから、一晩泊まったら出て行くつもりだ」

 食事、と言うよりは燃料補給を済ませると、空き箱をゴミ箱に捨てる。

「あなた、名前はなんて言うの? 今年何歳? 何で家出したの?」

「松田龍平。今年14歳。家を出たのは、面倒を避ける為だ」

「やっぱり、「男」だけど「女」だから?」

「そこも面倒だから、説明する気になれない」

「いいえ、説明しなさい。でなければ、これから警察に連絡します」

「なら、説明する。いや、実演する。俺がどう言う「女」なのか」

 嫌な予感が、高子の胸の内に浮かんでくるものの、もうこの松田龍平は止まりそうに無い。一言、こう告げる。

「メタモルフォーゼ」


 柏葉高子。これまで生きてきて、29年、下らない人生を歩んできたが、今日この日は、驚くべき、いや、記念的な1日であった。ここまでの龍平の言葉が、全て納得の出来る実演であった。

「あなたは、美しい蝶よ」

「そいつはどうも」

「ここに何時までも居て」

「そのつもりは無い。明日の朝には出て行く」

「もし変な人に捕まったら、その時はどうするつもりなの」

「どうとでもするさ」

「駄目、兎に角、私に任せて。あ、それと、画像1枚撮影させて」

「ネットでバラすのは勘弁してくれ」

「そう言うのはね、使いようによるのよ。SNSだって、悪い事ばっかりじゃないのよ。使い方さえ間違えなければ、結構使えるのよ」


 目の前でパパが、買春の罪を犯した男が、人間が、松明の様に燃え上がっている。生きたまま人が燃えるその様は、宗教にて伝わる「地獄」のそれを100%、現実に再現している光景であった。

「君ね、男の癖にパパ活なんて、やったら駄目だよ。自分で好きでも無いのに、化粧して、女のふりして、こんなお下品な趣味の男の欲望の面倒を看る必要は無いよ」

「でも、こうしないと、誰も私を「女」にしてくれない」

「良いから、もう辞めるんだ。パパ活だろうとママ活だろうと、辞めるんだ」

「じゃあ、どうやって生きていけば良いのさ。今まで相談できるところには散々相談してきたんだ。でもみんな、話を聞くだけで何もしてくれない。つまり誰もあてになんて出来ないって事だろう、だったら何だってやって生きていくしかないじゃないか」

「そうだ、人はあてに出来ない。自分でどうにかするしかないんだ。君みたいな人間でも、自分でどうにかするしかないんだ」

「だったら、食っていく為にこうするしかないじゃないか」

「いずれ、死ぬよ」

「上等だよ、こんな人生、いつ終わっても良い。お前、なんでその男を殺したんだよ。私から食い扶持を奪っただけじゃないか。偉そうな説教だけ並べて何もしないのなら、幾ら超能力を持っていても、他の大人達と同じだ」

「……分かった。こう言うのは、本当はしたらいけないんだろうけど、こうするしかないだろう」

 胸に大きく刺繍されているのは、翼を広げた鷲の画。背中には翼を模した飾りをつけて、フリルの付いたスカートをはいている姿から、普通の女の子の姿へと戻ると、佐藤拓は、手を差し伸べる。

「君、名前は」

「賀雄。桜田賀雄」

「俺は佐藤拓」


 その家は、特段豪勢というわけではない。普通の2階建ての住宅である。そこの住民と思しき老年の男性は、拓の顔を見て言う。

「お帰り。今日は、遅かったな」

「悪いけど、今夜から「彼女」も連れて行く」

「またですか。今度は逃げないでしょうか」

「逃げたら、また連れてくるさ」

「それに、「男」でしょう、その子」

「良いよ、俺は「女」として扱うから」

「まぁ、いいか。兎に角、もう家に入りなさい。お腹も空いたでしょう」

 老年の男性は、2人を自分の家に招き入れた。家の中は、外から見ると「普通」より「やや下」程度であるが、中に入ると生活感が出て来て、奥行きが出ていた。

「私もねぇ、もし離婚しなければ、孫も居れば息子や娘も居る筈だったんだがな」

「俺がいる」

「そうだ、あんたがいる」

 と言いながら、老年の男性がテーブルの上に用意していたのはすき焼きであった。

「今夜も悪人を成敗したんだろう。腹が減っているだろうから、たくさん食べろ」

 とだけ言って、老年の男性は去って行く。拓は、賀雄の表情を見て、こいつ、生まれてこの方、1度もすき焼きなんて食った事が無いだろうと確信していた。

「俺、腹が痛くなってきた。今夜は米の一粒も食べられない。賀雄に全部あげる」

 泣きながら食べる肉、米、豆腐、しらたき、葱、そしてお米、全部涙の味はしない。生まれて初めて、他人から優しくされた賀雄のその泣き顔は、拓が見ても良いものであった。人間らしい表情である。これまでが人間らしくない生活をしていたのだから、このくらいは贅沢させても良いだろう。


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