013 優しさは強さ
生まれて初めて、「痛み」を知り、自分が仕えるべき人間を見つけ出した松平真希子は、ある日、その仕えている人間、松田龍平に尋ねる。
「今まで、相手を殺した事はあるの?」
「ない」
「どんなに悪い「アドラー」でも?」
「悪い「アドラー」なんて居ない。居るのは悪くなった「アドラー」だけだ。だから、正義の「アドラー」だって居ない」
潜伏先にて昼ご飯を食べながら、龍平は真希子の質問に答える。
「殺さない「アドラー」なんて、自慢にもならないね。「人を殺したらいけません」なんて、常識中の常識、基本の基本だ。悪い「アドラー」だからって殺しても良いなんて、偉そうな理屈だ。どんなに「力」を得ても、俺達は人間なんだ」
「じゃあ、私はどうすればいいんでしょうか」
「好きにしろ。お前のやりたい様にやれ」
そこで、禅問答は止まる。2人は、その気配を感じ取っていたのだ。柏葉高子の気配では無い、今まで会った事がない何者かの気配が、近づいている。
2人は変身しようと身構えた時、相手が白いハンカチを振りながらやってきているのを見ていた。戦いに来た訳ではない。何か話がある。話し合おう。そう言う態度であるが、見栄えは堅気には見えなかった。恐らくは、公務員の回し者だ。
「防衛省直属諜報第7班所属の、前河谷氏だ。君達2人の存在は、警察庁からの情報提供にて把握していた」
「その警察を出し抜いて、自衛隊が俺に何の用だ。言っておくが、宮仕えなんて興味ないからな」
「そんな事は期待していない。ただ1つ、聞きたい事があるだけだ」
「その割には、工作員を送り込んで直接交渉なんて、穏やかな話じゃないな」
「……気に食わないな。「不殺のアドラー」だと聞いていたが、態度の悪い奴だ。まぁそんな事はどうでもいい、大事な話がある。統制者について、だ」
「何処でその話を聞いた」
「今、日本国内にて確認されている「アドラー」は342人、その「アドラー」による騒ぎで発生した死者は5400人、これだけ話が大きくなれば、統制者の話は自然と聞こえてくる」
「俺にもよく分からない。デカい男だ。そうとしか言えない」
「それは我々も知っている」
「一号と名乗っている」
「それも知っている」
「悪いが、これ以上の事は俺にも分からない。ただ、何で自衛隊がこの件に首を突っ込む。富士の裾野で花火ごっこしていた方が平和的で幸せじゃないのか」
「警察の手に余るからな。公安は管轄外だし、諜報部門が出張るしかなかったんだ。俺だって、火力演習をしていられれば幸せだとは思っているさ」
「で、俺にどうしてもらいたい」
「「不殺のアドラー」の通り名を持つ君に、改めてお願いしたい。統制者を倒して、いや、殺してくれ。このまま「アドラー」が増え続けたら、この国は、いや、この世界はどうなると思う」
「俺は俺のやりたい様にやる。お前達の使いぱしりになるつもりはない」
「何時かは死ぬぞ。あるいは、殺す羽目になるぞ」
「その時は、その時だ。これは俺の人生だ。お前なんかに好きにさせるつもりは無い」
「そう言う生き方は、自分を削るぞ。削られ続けたら、後には何も残らないぞ」
「うるせぇよ、公僕の使いぱしり。確かに俺は勉学の義務は勿論、納税の義務も勤労の義務も果たしていない非国民だけど、だからと言って人権は無いなんて言わせねぇぞ」
「いや、君は絶対に人の為に、統制者第1号と戦ってくれる人間だ」
「国の為じゃないのか」
「それ以前の問題だ。これは政治的な問題じゃないからな。相手は、恐らく神様だ。そして、今確認されている統制者は「2号」まで。他に3号や4号、果てには0号が居るかは不明。鷲の精神を持っているかどうかで、人外の力を与えて回っている。その結果として人が死んだり傷ついたりしても、お構いなし。一番割を食っているのは、何の関係もないのに巻き添えを食って死んでいっている市居の一般市民だ」
「だからなんだ」
「君は強い。だから、弱い人間が悲惨な目に遭っているのを見て、黙っていられる筈がない。君は必ず統制者と戦う道を選ぶ。強さと優しさは「=」で結ばれている。弱い奴には、他人の不幸を思う勇気は持っていない」
「勝手に決めつけるな」
「いや、断言する。君は強い。だから、統制者第1号と戦う。そして、必ず勝つ」
谷氏はアパートの床から腰を上げる。
「今日の所は挨拶だ。明日からはもっと過ごしやすい潜伏先を、税金で用意させてもらう。松田龍平、君は強い。これからも宜しく頼む」
柏葉高子は、龍平に言う。
「信用出来るの? なんだか、事情に明るすぎない?」
「それ以上に、気に食わない奴だ。あんなに持ち上げられて、口車に乗せられたら本当に殺されかねない。俺は俺のやり方でやる」
「じゃあ、自衛隊とも争うの?」
「俺がそんなに馬鹿に見るか。俺は非国民だが人間まで止めたつもりは無い」
「あなた、本当に統制者第1号と戦うつもりなの?」
「お前まで、何を言っているんだ」
「まぁいいわ、本当、分かり易い人だわ、あなたは」
「久しぶりね、1号」
「お前もな、2号」
「少々困った事態になっているわね。お互いの肝いりの戦士が、私達に刃向かおうとしている」
「別に飼い犬にしたつもりはないんだ。噛まれても不思議は無い」
「鷲の精神の持ち主にだけ与え続けて、危険な人間には与えないつもりだったのに」
「まだそんな事を言っているのか。そんなのだから、ペットに噛まれるのさ」
「ぐうの音も出ないわ。どうする?」
「先ずは0号に報告だな。もっとも、0号は元々不干渉派だったから、あっさりと滅ぼす方向に持っていきそうだな」
「それじゃあ、長くは無いわね。あの星の人間も」
「忙しくなるぞ。もしかすれば、「軍団」も投入するかもしれないな」
「嫌だわ、理不尽で不条理じゃないの」
「人間自ら決めた事だ。どうしようもない。「アドラー」は人間社会では生きてはいけないと、自ら証明したんだからな」
「こちらから攻めるの?」
「0号がそう言えば、何処へでも攻め込もう。0号の気紛れで作った命の星も、これで終わりだ」




