012 山からの神託
かつてはこの国は「山の国」と呼ばれていたらしい。「山」に行けば、生活に必要なものは全部ある。食糧、水、寝床、これさえあれば生きていけるというものは有る。逆に言うと、これ以外のものは一切ない。むしろ命を取ろうとする生き物ばかりだ。
それでも、佐藤拓は独りになりたかった。独りになって、今後自分が如何にして理不尽や不条理と戦っていけば良いのか。考え直したい気分であった。だからこそ、桜田賀雄達とは一旦別れて、山籠もりを始めたのだ。
大体1週間程度で終わると思っていた山籠もりは、やればやる程、苦悩と逡巡が増していく。気が付けば、1ヶ月が過ぎていた。自分は、何の為に変身ヒロインとして生まれ変わったのか。統制者第2号に直接問い質したい気分であるが、恐らくあいつは答えを持っていない。持っていたとしても、教えるとは到底思えない。
修行と言うよりは、FIREして山籠もりしている道楽者と言う印象であるが、本人は至って真面目であった。もしこのまま未来永劫、「山」が消えて無くなるまで答えが見つからなければ、佐藤拓と言う人間に価値は無い。何としても見つけ出すのだ。
この世の理不尽や不条理と戦うのには、どうすれば良いのか。この山の麓の樹海は、未だに自ら命を断つ者が絶えない森であるが、それも拓は気に入っていた。正しく、理不尽と不条理の中で揉まれて命を断つ者と対話するのは、悪くは無かった。それで半分は去り、残る半分は目的を果たしていた。
今日、やってきたのは、少し歳を重ねた男性だった。男は、仕事に失敗して失業して、借金まみれでここで死のうと決意してきたらしい。だが、拓は正しく見抜いていた。
「俺の噂を聞いて、助けが欲しくてここへ来たんだろう。他にもやりようは幾らでもあるのに、ここへ来たのはそれが理由だろう」
男性は、静かに頷いた。そして、答えて曰く。
「「ガチャ」で外れをひいて、全部失敗して、嫌になって死のうと思った」
「相談できる人間は」
「そんなの居たら、ここには来ない。言っただろう、「ガチャ」で外れをひいて、何もかも失ったんだよ」
「具体的に言って、何を失ったんだ」
「……信用を失った」
「自業自得じゃないか。失った信用を取り戻すのは、並大抵の努力でどうにかなる訳ではない」
「そいつは綺麗事だ。これを見ても、同じ事が言えるのか」
男は、シャツを脱いで、背中に彫られた入れ墨を見せる。
「こいつが有る限り、俺は何処にも逃げる場所なんてない。信用は取り戻せない。死ぬまでな」
「じゃあ、消してやる」
拓は、男の背中に手を合わせる。
「トランス」
変身して、彫り込まれた絵の具を吸い出して、樹海の地面にボタボタと落ちていく。龍の入れ墨は、綺麗に消えていた。
「……お前、「アドラー」だったのか。巷で噂の。こんな所で何をしている」
「人生に迷っていて、ここで自問自答の日々を過ごしている」
「そんなの時間の無駄だ。人生に猶予期間なんて無いんだ。今すぐ、行動に移るべきだ。ここで暮らして、死に損ないのガラクタ相手に傷の舐め合いをして何になる」
「同じガラクタ同士、どうすればいいのかな」
「お前、何か悪い事でもしたのか」
「大量殺人」
「悪人限定だろう?」
「法の手続きを経ていなければ、単なる殺人だ」
「辛いのなら、辞めれば良い。いや、そいつは無理か。1度「アドラー」になったら最後、死ぬまで「アドラー」だからな」
「目的の無い「アドラー」は、どんな悪人よりも価値が無い」
「価値ねぇ。それを言ったら、俺はガラクタどころか汚染物質だな。価値だの資格だの権利だの、そんなのは砂上の楼閣、その言葉を使えるだけ偉い人生を生きている奴が、この世の中にどれだけ居るか」
男は、綺麗になった背中の上にシャツを着直すと、拓に告げる。
「背中の入れ墨は消えても、俺には居場所は無い。前科持ちだからな。麻薬使用・密売・人身売買・暴行致死、何でも御座れの汚れたキャリアだ。スマートフォンも持てなければ、アパートだって借りられない。公的支援を受けようにも、お前に言った通り、信用を失ったからな。そんなに甘くは無い」
「なら、俺の失ったものはもっと大きい」
「……そうか、それで、失ったものを取り戻すのには、どうしたらいいのか悩んでいるんだな」
「何を失ったのかも分からない」
「俺が見るには、お前は「人生」を失った。「幸せ」も失ったんだ。お前は多くの罪を背負い込んだ、「殺人鬼」だ」
拓の中に、何かが引っかかった。何かが見えた気がした。もう少し、後もう少しで、答えが見つかりそうであった。
「もう、これ以上、同じ様な人間を、「アドラー」を増やさない。その為に、統制者第2号を倒す」
「お前の心と体に彫り込まれたタトゥーは、2度と消せないぞ。俺はここで終わる。でも、お前はまだこれからだ」
「……やっぱり、死ぬのか」
「ああ、それは譲らないね。俺の人生はここまでだ。お前にもいずれ最期の時が来る」
「……一緒に来てはくれないのか」
「俺はお前のお守りにはなれない。俺なんかより、頼りになる人間は幾らでも居る」
「なら、せめて、名前を教えてくれ」
「上木琢郎」
「上木琢郎、俺がそっちに行くまで、暫く待ってくれ」
桜田賀雄は、ようやく佐藤拓と連絡が繋がった事に歓喜しつつも、厳しい現実を突きつける。
「そこら中、監視カメラだらけで、身動きがとれない。これからどうするの?」
「もうこれ以上、「アドラー」を増やさせない。統制者第2号を倒す」
「もし他にも統制者が居たら?」
「纏めて始末する」
「……でも、どうやつて倒すの? 何処にも居るのかも分からないのよ」
「これから探すんだ。今、一番この世界に「理不尽」と「不条理」を振りまいているのは、統制者と「アドラー」達だ。俺は戦うぞ」
「新しいハッシュタグを流行らせないといけないわね。分かったわ。最期まで、付き合ってあげる」
通話をきってから数時間後に、佐藤拓は協力者の用意していたアパートに戻ってきていた。その背中には、入れ墨こそないが、見えない十字架を背負わされていた。これを下ろすのには、戦わなければならない。
佐藤拓。14歳。彼にとって人生を賭けた戦いが、これより始まろうとしていた。統制者第2号の抹殺。この世の全ての「アドラー」を殺す。これまで悪人を一方的に殺して背負わされた十字架を引き摺りながら、この道を歩み続けるしかない。




