011 狼から人間へ
私は犬並みの人間です。
周りの扱いが、ではなく、私の行動も、感情も、やる事なす事、全部犬並みです。自分の感情を制御出来ない、弱い人間なのです。気に食わないことがあると、あるいは気持ちが乱れると、例え教室だろうと、街中だろうと、家の中だろうと、暴れてしまうのです。
このままじゃあ駄目だ。と思った事はありません。私に「思う」能力はありません。ただ「感じる」ままに生きるだけです。このまま人と人との間で生き続ける為には、リードで繋がれなければならない、弱い人間なのです。
私は人間じゃない、犬だ。それも誰も相手にしない、「野良犬」だ。寂しさを感じながら、今夜も布団を被って寝る。
それは小さい女であった。感じるままに彼女は、松平真希子はその小さい女を掴む。そのまま握り潰そうとはしなかったが、その瞳をジッと見つめる。
「あなたは、決して「野良犬」ではありません。もっと気高い、狼です。人は狼を見たら嫌がり、怖がり、そして傷つけます。最期には、寂しい死に方をします」
なんか段々ムカついてきた。ただでさえ感情のままに生きている真希子は、そのまま小さい女を握り潰そうとしたが、幾ら力を込めても全然反応がない。まるで水か空気でも握っているかのようだ。
「なる程、あなたは確かに弱い。でも、自分の弱さに気がつけて、それに苦しむあなたの姿を見れば、あなたは鷲の精神を持つのだと気がつけます」
鷲の精神。それは何ぞや。
「あなたの胸にあるものです。鷲もまた群れずに生きる生き物。あなたには友も家族も居ない。でも、あなたは生きている。あなたには最初から友も家族も不要だったのです」
今度は両手で全力で雑巾絞りで潰そうとするが、全然通用しない。
「あなた、もう1度生き直しませんか。あなたは明日、警官に撃たれて死にます。もしくは、変身ヒロインとして生まれ変わり、独りで戦い続けるヒロインとして生き続けるのです」
変身ヒロイン。ああ、あの日曜日の朝に放送している奴か。そんな力、あったところでこの感情をどうしようと言うのだ。
「鷲の精神は、狼の精神よりも気高く、強いのです。あなたの事を受け入れてくれる人間が居たら、あなたにとって人生最高の宝となるでしょう」
……。
「あなたでも、悩むのですね」
そうか、じゃあ、変身ヒロインになろうじゃないか。
「あなたに力を授けます。統制者第2号の名において」
感情のままに生き続けるのが、これ程渇く生き方なのか。まるで砂漠で水を求めて彷徨うような、そんな生き方だ。
先ず、1人目は母親だった。ギャーギャー五月蠅いだけのモンスターであったが、変身して顔を叩いたら、それだけで死んだ。彼女を見下してくる父親も、馬鹿にしている弟も殺した。どいつもこいつも、前々から気に食わなかった。
そして、外へと出て行くと、空を飛ぶ。向かう先は、彼女にとって最も憎い場所、「学校」だ。
「ヤバい奴が「アドラー」になった。誰か助けて。
#アドラー通報」
「「野良犬」が「アドラー」になったぞ。ヤバいヤバい。
#アドラー通報」
「正義のアドラー求む! ここに悪が居ます! レベチです! ぶっちぎりです!
#アドラー通報」
学校の上空に、矢張り独りの「アドラー」が佇んでいた。透き通っている瞳で真希子を見ている。
「お前、統制者第2号の誘いを受けたな」
「黙れ。殺すぞ」
「お前、臆病だな。同じ力の持ち主なのに、最初に出て来た言葉が「殺すぞ」だと?」
「黙れと言っている」
「ああ、黙ろう。だが、ここは通さない」
偉そうな「アドラー」は、その場を動かない。どうやら、やらざるを得ないらしい。松平真希子は、松田龍平に拳を叩き付ける。クソ家族を一撃で砕いた拳だ。相手は、涼しい顔で避けずにこれを受けた。
「拳から血の臭いがする。お前、もう殺してきただろう」
「お前も殺してやる」
「やってみろ」
完全に頭に血が昇る真希子。次々と拳や蹴りを龍平に叩き込む。幾ら打ち込んでも、平然としている。いや、装っている。
こいつ、強い。真希子の本能が感じ取っていた。こいつは、強い。ついさっき殺した奴は勿論、これから殺そうとしている奴等よりも、そして、自分よりも、断然強い。
「お前、今まで殴られたり蹴られたりした事、ないだろう。さっき殺した人間の痛みも恐怖も、感じていないだろう」
龍平は、涼しい顔で真希子の鼻っ面にパンチを打ち込む。痛みとショックから、顔を押さえて悶え苦しむ。
「感じたか、それが「痛み」だ。お前は人の「痛み」を知った。もう誰も殺すな。誰も傷つけるな。同じ「痛み」を知る人間ならば、鷲の精神の持ち主ならば、お前には分かる筈だ」
見つけた。この人だったんだ。あの統制者第2号の言っていた、こんな私を導ける人間は、ここに居たのだ。
「あなた、名前は」
「松田龍平」
「私は、松平真希子。今日から私は、あなたのものです」
「……」
「あなたが私を人間にしてくれる、唯一の人間です」
「それじゃあ、お前が一人前の人間になったら、どうするんだ」
「私はあなたのものです。あなたの為に生きます」
「……まぁいいや、好きにしろ」
柏葉高子は、増えた仲間を見て、渋い表情を浮かべる。
「あなたねぇ、「不殺のアドラー」だか何だか知らないけど、余計な仲間を増やさないでよね。タクミが抜けて、警察から逃げるのにも一苦労なのに」
「いざとなったら力尽くで逃げるだけだ。それに、今のこいつは強い。何かと使いようはあるだろう」
「ああもう、いつまでもそこに突っ立ってないで、上がりなさい」
私は人間になりたい。「犬」にはもう戻らない。もう独りにはなりたくない。




