第35話・ラスボス君臨
メインステージへ戻った瞬間、拍手が鳴り響いた。
オンライン会場に集まったアバターが、一斉に両手を叩く。
頭上には祝福のエフェクト。
画面の端では、コメントが読む間もなく流れていた。
【大番狂わせだあああ!!】
【超新星の誕生じゃん】
【俺は最初からやってくれると信じてたぜ】
【最後のグレネードやばすぎ】
【ユリっちの締めも最高だった!!】
「うわ……すごい」
天音はマウスから手を離した。
指先が少し震えている。
勝った……。
自分たちが本当に優勝した。
何度思い返しても、どこか現実味がなかった。
つい先ほどまで、次の一撃で負けるかもしれない状況だったのに。
『おかえり、2人とも』
ステージの中央から、ベルセリアが歩いてくる。
『まさか本当に勝っちゃうなんて……正直、思ってなかったわ』
「えへへ……勝っちゃいました!」
『えぇ、本当におめでとう』
その声は、素直な祝福だった。
天音は嬉しくなり、何度も頷く。
ベルセリアは続いて、ユリアの隣へ移動した。
そして、公の音声を一旦切る。
ユリアだけに届く個別通話で、そっと告げた。
『いい相棒が見つかってよかったわね、エーベルハルト』
ユリアが、天音のアバターを見る。
隣に立つ少女は、まだ流れてくるコメントへ夢中だった。
自分の名前を見つけるたびに喜び、褒められた場面を照れながら振り返っている。
初めて戦った時は、負かされた。
あの時から、この子ともう1度遊びたいと思っていた。
そして今、同じチームでここに立っている。
『はい……最高の相棒です』
温かな笑みが、声にも滲んだ。
ベルセリアは満足そうに頷き、公の音声へ戻した。
『というわけで! 今大会ゼータの優勝者は――――ユリっち&空井天音のペアに決定しました!!』
再び拍手が弾けた。
背後のスクリーンに、2人の名前が大きく映る。
トーナメント表の頂点。
そこに並ぶ名前を見て、天音は思わず口元を押さえた。
【おめでとう!!】
【最高のコンビだった】
【この2人また組んでくれ】
【天音ちゃんチャンネル登録した!】
【ユリっちリベンジおめでとう!!】
「ありがとうございます……! あっ、登録もありがとう!」
普段の配信なら、もっと自然に返せる。
だが、これだけ大勢から一斉に祝福されると、何を言えばいいのかわからなかった。
嬉しい。
それなのに、顔が熱い。
「ユリ……わたし、今ちゃんと喋れてる?」
『えぇ、いつもより少し照れていますけど』
「だって、こんなの初めてだし……!」
『わたしもですよ』
ユリアが笑う。
『優勝するのは……初めてです』
その一言に、天音も笑った。
そうだ。
ここまで一緒に来た。
この嬉しさだって、2人で分け合えばいい。
『空井天音』
そこへ低い声が掛かった。
デビットだった。
隣にはラークもいる。
試合前のような張り詰めた空気は、もうなかった。
デビットは天音の前まで来ると、静かに告げる。
『ここまで熱くなれたのは……初めてこのゲームをプレイした時以来かもしれない』
「……ほんと?」
『ああ』
握手のエモートで、手が差し出された。
天音もすぐに応じる。
画面の中で、2人の手が重なった。
「わたしも楽しかったよ! 剣で来た時は、どうしようって思ったけど!」
『あれで決めるつもりだったんだがな』
『俺なんか最後、頭抜かれて終わったぜ?』
ラークが肩をすくめる。
『デビットが倒れたの見て、完全に焦った。あそこで俺が粘れりゃ、まだわからなかったのになぁ』
『その前に俺が倒された。お前だけの責任じゃない』
『……おっ、優しい』
『事実を言っただけだ』
即答に、天音とユリアが笑う。
デビットは再び、天音へ向き直った。
『次は負けない』
声に、熱が戻る。
『必ずお前を倒してやる』
「うん! 楽しみに待ってるよ!」
迷いなく返す。
今度はどんな戦いになるだろう。
そう思うだけで、また手がマウスへ伸びそうだった。
『ユリっちも、次は覚悟しておけ』
『もちろんです、また2人でお待ちしております』
『おいおいもう次の約束かよ! 今日負けたばっかりなのにさ』
ラークの軽口に、会場から笑いのリアクションが上がる。
祝福。
健闘を讃える言葉。
次の対戦を望む声。
大会を終えた余韻が、ステージを包んでいた。
――――だが。
『さて、いい感じに終わろうとしてるところ、悪いんだけど』
ベルセリアがマイクを持ち直した。
『まだあるわよ? 最後のイベント』
コメントの流れが、さらに速くなる。
【きた】
【そうだったあああ】
【真のラスボス】
【ここからが本番ってこと!?】
天音は、ステージ中央を見る。
ベルセリア。
今大会の主催者であり、優勝者を待ち受ける特別シード。
ここへ来るために、戦っていたのだ。
『優勝者の2人には、これからこのわたしと戦う権利が与えられます』
ベルセリアが、楽しそうに首を傾ける。
『どうしますか?』
天音はユリアを見た。
画面越しでなくても、返事はわかっていた。
「もちろん、やります!」
頂点にいる配信者。
“トップ・オブ・ストラトス”に会えるという、特別なご褒美。
その約束をくれた相手を前に、ここで帰る気にはなれなかった。
何より、まだ戦いたい。
デビットたちとの試合で弾んだ心は、少しも落ち着いていない。
『わたしも、ぜひお願いいたします』
ユリアが続く。
『ここまで来たのですから……貴女にも挑ませてください』
『いい返事ね』
ベルセリアの背後で、スクリーンが切り替わった。
映し出されたのは、彼女自身のプロフィールだった。
配信者名ベルセリア。
登録者120万人。
続いて、国内外の大会実績が並ぶ。
優勝。
優勝。
––––さらに優勝。
天音も名前を知っている大会が、いくつもあった。
そのどれでも、この少女は頂点に立っている。
「……すご」
だが、次に表示された数字には言葉が止まった。
ランダムマッチ勝率――――95%。
キル・デス比――――17以上。
「95……?」
100回戦えば、95回勝つ。
倒される1回の間に、平均して17人以上を倒す。
どちらも、日常的に遊んでいるからこそ異常だとわかる数字だった。
強い相手に当たることもある。
装備が揃わないことも、思わぬ場所から撃たれることもある。
そういう全部を含めて、ほとんど負けない。
天音は、隣のユリアへ声を掛けた。
「……ユリ。これ桁間違ってないよね?」
『残念ながら……間違っていません』
返事は落ち着いていた。
けれど、その声にも確かな緊張がある。
デビットは強かった。
正面から戦えば、自分の方が下だとはっきり感じた。
その先に、この少女がいる。
『改めて数字を見せられると、嫌になるよなぁ』
ラークが笑った。
『ま、せっかくの挑戦権だ。俺たちの分まで楽しんできてくれよ』
『……いい試合を期待している』
デビットも告げ、2人は観戦側へ下がった。
ステージに残ったのは、天音とユリア。
そして、ベルセリア。
彼女はスクリーンから振り返り、2人へ手を向ける。
『かかってきなさい』
笑顔だった。
『そして……わたしに見せてごらんなさい。貴女たちが、どこまで来られるのか』
天音は頷きかけ――――止まった。
彼女の隣には、誰もいない。
待っていた相方が合流する様子もなかった。
挑戦用のチーム表示にある名前も、1つだけ。
「……え?」
思わず、聞き返す。
「ベルセリアさん、1人で戦うんすか?」
『当然じゃない』
あまりにもあっさりした返事だった。
『わたしはこれで生活してる身よ? 挑戦者を迎えるのに相方まで連れてきて、そんな大人げないことはしないわ』
「いや、でも……」
2対1。
数だけなら、圧倒的にこちらが有利だ。
そのはずなのに、彼女には少しも不安が見えない。
ベルセリアの口元が、不敵に吊り上がった。
『でもまぁ……勘違いしないでね』
天音とユリアを見据え、楽しそうに告げる。
『別に舐めプなんかじゃないわよ。わたしにとっては、ソロこそが本気である証だから』




