第34話・優勝
刃が目の前まで迫っていた。
「っ――――!」
天音は反射的にショットガンを跳ね上げる。
銃口の先に取り付けられた銃剣が、振り下ろされた剣とぶつかった。
火花。
そして金属の擦れる音。
パリィ成功の表示を見届けるより先に、天音は後方へ跳んでいた。
剣先が鼻先を掠める。
あと少し遅ければ、まともに斬られていた。
「……やるじゃん」
砂塵の中、天音は笑った。
心臓が速い。
初撃を防いだだけなのに、マウスを握る手には汗が滲んでいる。
『まさか、今のを防がれるとは思っていなかった』
デビットも剣を構え直した。
その声には、僅かな感心が混じっている。
『銃剣付きか……随分と都合のいい物を選んだな』
「近づかれた時に便利だからね、今日みたいに!」
直後、遠くから連続した発砲音が響いた。
重く、途切れない銃声。
ラークの機関銃だ。
『天音っち……ラークの制圧射撃を受けています』
通話越しに、ユリアの声がした。
『岩から出られません、今はそちらを援護できそうにありません』
「……そっか」
天音は苦く笑う。
こちらの視界を潰し、ユリアには顔を出させない。
その間にデビットが、自分を仕留める。
最初から、そういう作戦だったのだ。
「わかった、ユリは自分の安全を確保して!」
『ですが――――』
「そっちはラークとタイマン! こっちはわたしがやる。お互いサシで決着つけよう!」
目の前で、デビットが僅かに剣を下げた。
『大会のコンセプトを忘れたのか?』
「ん?」
『ゼータはデュオだ、チームプレイで勝つ大会だぞ。それを個人技で補おうなど……』
声に鋭さが混じった。
せっかく身につけた連携を、自分から捨てるつもりか。
そう問われているようだった。
それでも天音は笑う。
「臨機応変って言葉、あるでしょ?」
ショットガンの照準を、デビットへ向けた。
「何でもコンセプトやいつものやり方に縛られてたら、勝てるものも勝てなくなるよ」
『……面白い』
言い終わると同時に、デビットが踏み込んだ。
速い!
天音は横へ動きながら発砲する。
だが、散弾が通る時には相手の身体が射線から外れていた。
低く滑り込むような移動。
そこから急激に方向を変え、剣の間合いへ入ってくる。
「っ!」
再び銃剣で受ける。
今度は弾けなかった。
刃が触れた瞬間、デビットが振る方向を変えたのだ。
シールドを削られ、天音は慌てて距離を取る。
追撃。
それを避けた先に、さらに剣先が伸びてくる。
――――上手い。
新しいマウスにも、モニターにも慣れた。
近距離での撃ち合いなら、誰にも負けないつもりだった。
だが、今目の前にいる相手は違う。
照準を向ければ外へ逃げる。
撃つのを待てば懐へ入る。
パリィを狙えば、受けられない角度から斬ってくる。
キャラクターの動かし方が、まさに異次元だった。
「このっ……!」
天音が銃口を向けた瞬間、デビットの足が上がった。
腹部へ、蹴り。
キャラクターが後ろへ押し出され、倒れた岩の残骸へ叩きつけられる。
画面が揺れた。
体勢を立て直す間もない。
迫る剣を、天音はショットガンで受け止めた。
背後は岩。
目の前にはデビット。
逃げ場がない。
『それで終わりか』
刃を押し込まれ、シールドが僅かずつ削られる。
天音は、相手を見上げるように視点を動かした。
「……どうかな」
笑ったその時。
デビットが足元の物体に気づいた。
天音の腰近く。
岩の窪みに転がる、小さなグレネード。
「ッ!!」
ゲーム内でも最大級の威力を持つ、高出力の爆薬だった。
至近距離で巻き込まれれば、シールドが残っていても助からない。
――――こいつ、最初から自爆が狙いか。
デビットは即座に刃を引いた。
後方へ跳び、さらに岩の向こうまで距離を取る。
天音を倒しても、自分まで消えては意味がない。
ラークとユリアの1対1に持ち込ませるつもりなら、なおさらだ。
だが――――爆発しない。
砂塵が薄れ、倒れた岩の輪郭が見えてくる。
その陰で、天音がゆっくり立ち上がった。
まだ爆発しない。
『……ブラフか』
「ん?」
『ピンも抜かず、安全装置の掛かった物を転がしたな』
自爆を警戒しなければ、そのまま仕留められていた。
だが、確認するために居残るわけにもいかない。
命を惜しむ判断を、逆手に取られた。
「デビットさん真面目そうだから。こういうの結構効くと思って」
天音が明るく返す。
モニターの向こうで、デビットの口角が上がった。
『コラボ相手の内心まで、きっちり読むか』
剣を持ち直す。
先ほどまでの無表情が、少しずつ崩れていた。
『なるほど、配信者としては一流かもしれんな』
「最高のコラボ相手と舞台だからね!」
天音がショットガンを構える。
発砲。
続けてもう1発。
デビットは走った。
岩を盾にして射撃を避け、その隙間から天音との距離を詰めてくる。
正面から当てようとしても、避けられる。
先ほどの戦いでそれはわかっていた。
だから天音は、追いかけるように銃口を振った。
––––ダァンッ––––!!!
さらに発砲。
デビットが岩の左へ抜ける。
天音の散弾は、その右側を通り過ぎた。
『狙いが甘いぞ』
「そうかもね!」
返しながら、天音はショットガンを下げる。
サブマシンガンへ持ち替えた。
「ユリ、今!」
乾いた銃声が響いた。
デビットの肩を、弾丸が掠める。
シールドを貫通する弾種。
僅かだが、HPまで削られていた。
『――――っ?』
ユリアの射撃だ。
なぜ……撃てる!
『悪い、デビット!』
ラークから通話が入った。
『ショットガンの流れ弾がこっちまで来た! 一瞬、射撃を止めちまった!』
デビットは、天音の向こうを見た。
薄れた砂塵。
その先に、ラークの陣取る岩がある。
今の散弾は、外れたのではない。
機関銃の発砲音。
そこからラークのいる方向を掴み、自分の横を通して撃っていたのだ。
この距離では、散弾の威力はほとんど残らない。
それでも、弾が飛んでくれば身を隠す。
制圧射撃が途切れる。
その僅かな隙に、ユリアが顔を出した。
天音がユリアを助け、ユリアが天音へ返す。
今だけ2対1。
『……ちゃんと把握してるじゃないか、コンセプトを』
デビットの声に、笑いが混じった。
「じゃなきゃ、大会に出られないでしょ!」
サブマシンガンが火を噴く。
今度は避けきれなかった。
ユリアの射線を切ろうと動いた身体へ、天音の弾丸が次々に命中する。
シールドが砕けた。
だが、デビットは止まらない。
削られることを承知で、さらに踏み込む。
天音が横へ跳ぶより先にその腕を掴んだ。
「っ!」
銃口が逸れる。
近接の掴み合いへ移行し、天音の移動が止まった。
背後には、再び岩の残骸。
同時に機関銃の音が戻ってきた。
『すみません……また押さえられました!』
ユリアの援護は来ない。
完全な至近距離。
逃げられない天音へ、デビットが腰のナイフを抜く。
『ここまでだ!』
だが、天音は笑っていた。
「なぜ……!」
さっきと同じ場所へ追い込んだ。
銃も自由に使えない。
今度こそ、パリィさえできないはずだ。
その違和感の正体を、微かな音が知らせた。
––––ピッ––––
天音の背後。
岩の窪みに転がった、グレネード。
そこから、小さな電子音が鳴った。
デビットの視線が落ちる。
――――安全装置ではない。
「ッ!!?」
タイマーだ。
即時起爆するためのピンを使わず、時間を指定して作動させていた。
あの時……爆発しなかったのは。
“まだその時間ではなかったから”。
『お前――――!』
「今度は効くよ!」
デビットが腕を放そうとした瞬間。
天音は、逆にその身体を掴んだ。
近接操作で位置を入れ替える。
自分を押さえつけていた相手を、岩の窪みへ引き寄せた。
グレネード側へ。
デビットの背後で、電子音が重なる。
天音は掴みを解き、岩の折れた根元へ滑り込んだ。
––––ドォンッ––––!!!!
閃光が画面を埋め尽くした。
デビットの背中を爆風が叩く。
既にシールドはない。
残っていたHPが、一気に0まで落ちた。
「クゥッ……!!」
一方の天音も、無傷では済まなかった。
残骸を挟んでも衝撃が届き、シールドが消える。
HPゲージが赤く染まった。
それでも……僅かに残った。
画面に浮かぶ、撃破の表示。
倒れたデビットを見つめ、天音は大きく息を吐いた。
『……いい勝負だった』
その声は、笑っていた。
自爆に見せたブラフ。
そう判断させるための時間差。
そして、最後に生き残るための位置取り。
負かすつもりで来た相手に、してやられた。
「うん……ナイスファイト!」
天音も笑う。
マウスを握る手が、まだ震えていた。
だが、まだ勝負は終わっていない。
『デビット!?』
遠くで、ラークの声が上がった。
味方の撃破表示。
それを見た瞬間、機関銃の射撃が乱れる。
デビットが負けた。
しかも天音はまだ生きている。
今なら……まだ仕留められる!!
ラークは銃口を、天音のいる方へ向けた。
岩の陰から頭を出す。
……それが命取りだった。
押さえ込まれていたユリアが、スコープを覗く。
ずっと待っていた。
天音の戦いを信じ、自分が撃てるその瞬間を。
照準が、ラークの頭へ重なった。
『チェックメイト』
––––ダァンッ––––!!!
ヘッドショットの表示が浮かび、機関銃の音が途絶える。
ラークのキャラクターが、その場に崩れ落ちた。
––––VICTORY––––
上空には、輝かしい文字が浮かんだ。
「……勝った?」
天音が呟く。
赤く染まったHPゲージ。
倒れた前回王者。
こちらへ駆け寄ってくる、相方の姿。
『えぇ……勝ちました』
ユリアの声も、僅かに震えていた。
『天音っち。わたしたちの……優勝です』
その言葉が、ようやく胸へ落ちてくる。
天音は思わず両手を上げた。
「やったぁぁぁぁ!!」
ゼータのトーナメントを制したのは、天音とユリア。
初めて組んだ2人が、ついに頂点へ辿り着いたのだ。




