第33話・決勝戦
決勝戦の待機エリアに、4人のアバターが並んでいた。
天音とユリア。
そして、デビットとラーク。
その中央ではベルセリアが腕を組み、楽しそうに両チームを見比べている。
『とうとうここまで来たわね。前回王者と、雪辱を狙う前回準優勝者……ふふっ、わかりやすくて好きよ。こういう組み合わせ』
公式配信のコメント欄が、凄まじい勢いで流れていた。
優勝候補が順当に勝ち上がった片側。
期待の新星を迎え、破竹の勢いで決勝へ来たもう片側。
どちらが勝ってもおかしくない。
そんな期待が、画面越しにも伝わってくる。
『また同じ大会の決勝だな、エーベルハルト』
先に口を開いたのはデビットだった。
淡々とした声には、決勝を前にした高揚さえ感じられない。
『もう1度、同じ場所で負かすことになるだろうが……お互い精一杯やろう』
『そうですね。精一杯やりましょう』
ユリアもまた、穏やかに返した。
『あなたのそのポーカーフェイスが剥がれる様、楽しみにしております』
天音が思わず、瞬きをする。
声はいつも通り丁寧なのに、言っていることがまるで違う。
デビットのアバターが、僅かに顔を上げた。
『できるならやってみろ』
『えぇ、今度こそ』
『はいはい、そこまで!』
張り詰めた空気へ、ラークが割って入る。
『せっかくの晴れ舞台なんだし、楽しくやろうぜ。楽しく! ベルセリアさんも笑ってないで止めてくれよ』
『嫌よ。今いいところだったもの』
『主催者がこれだもんなぁ……』
大げさに肩を落とすモーション。
それからラークは、天音へ向き直った。
『君が空井天音さんだね。なんとなく……こうして戦う気はしてたんだ』
「そうなの?」
『ああ。うちのデビット、愛想は悪いけどさ……こう見えて君と戦えるのを楽しみに――――』
『ラーク』
低い声が飛んだ。
デビットのアバターまで、じろりと相方を睨む。
『これから戦う相手と馴れ合うな』
『……ほらね? 愛想悪いだろ?』
「ふふっ、でも嬉しいです!」
天音は笑った。
相手は前回優勝者だ。
ユリアを負かし、この大会で最も高い場所まで登ったチーム。
そこへ今、自分も並んでいる。
「わたしも前回の優勝者と戦えるなんて、本当に嬉しいよ。精一杯やろう!」
握手のエモートを選び、手を差し出す。
ラークはすぐに応じた。
『おう! 遠慮なしで頼むぜ』
続いて、デビットにも手を向ける。
僅かな間を置いてから、その手が握り返された。
『……こちらこそ』
短い返事。
それで十分だった。
『挨拶は済んだわね』
ベルセリアが、両手を広げる。
『さぁ……どっちがわたしのところまで来るのか、見せてもらいましょう!』
画面が暗転した。
◇
ロードを終えた先に広がっていたのは、赤茶けた荒野だった。
大小の岩が点在し、遠くには崖のような岩壁も見える。
身を隠す場所は多い。
しかし、そこから次の遮蔽物までは何もない地面が続いていた。
「うわぁ……走る場所、考えないとね」
『えぇ。射線を切られると援護できません。互いの位置には気をつけましょう』
今回の決勝では、武器を拾い集める必要がない。
開始地点には全ての武器が揃い、好きな構成を選べるようになっていた。
物資運に頼らず、用意した戦術をぶつけ合える。
決勝にふさわしい条件だった。
天音はショットガンとサブマシンガンを選ぶ。
対するユリアは、倍率を切り替えられるスコープを載せたライフル。
今回は遠く離れて狙撃するのではなく、中距離から天音を支える形だ。
『岩の陰へ入られても、すぐに援護できる距離を保ちます』
「うん。近づいたら任せて!」
練習を始めた頃は、勝手に前へ出ていた。
今は違う。
天音が進む先をユリアが見て、ユリアが狙える場所を天音が選ぶ。
カウントが、0になった。
「行くよ!」
天音が先行する。
低い岩へ駆け寄り、その陰から奥を覗いた。
敵はいない。
さらに次の岩へ。
今度は左右を確かめるが、動くものは見えなかった。
「……静かだね」
『こちらからも確認できません』
デビットはアサルトライフル。
ラークは機関銃による援護が得意。
これまでの試合では、ラークが相手を押さえつけ、その間にデビットが距離を詰めていた。
あの火力を正面から受ければ、こちらの足も止まるだろう。
だが、銃声すらしない。
天音は次の遮蔽物へ走り出そうとして、その足を止めた。
「待ってる……?」
『その可能性はありますね。こちらから見える場所には出てこないつもりかもしれません』
正面の大岩。
その左右にある窪地。
隠れられそうな場所は、いくらでもあった。
だからといって、順番に顔を出して確かめるわけにもいかない。
「真ん中、隠せる?」
『できます。右から回りますか?』
「うん。端の岩沿いなら近づけそう」
『わかりました。投げます』
ユリアがスモークグレネードを放った。
続けて、少し位置をずらしてもう1個。
荒野の中央に白煙が広がる。
正面からこちらを見ていたとしても、移動先までは追えないはずだ。
「今のうちに!」
天音は姿勢を低くして走った。
中央へ進むと見せていた位置から、右端へ大きく針路を変える。
その後ろを、ユリアも移動していた。
天音の背中を追うだけではない。
少し内側を通り、前方の岩陰へ射線を通せる角度を探している。
『天音っち、次の岩までは見えています』
「了解! そこから先は?」
『少し待ってください……はい。こちらも通りました』
「ありがと!」
合図を待って、次へ進む。
焦る必要はなかった。
相手がどこに潜んでいても、2人で対応できる距離を保つ。
そうして少しずつ、敵のいる側へ入り込んでいった。
やがて、ひときわ大きな岩の柱が見えてきた。
根元は細いが、上に行くほど太くなる奇妙な形。
その向こうは窪地になっていて、今の位置からでは見えない。
「あそこ、いそう」
『えぇ……回り込む前に確認します』
ユリアが足を止め、スコープを覗く。
天音は岩柱の手前へ滑り込み、ショットガンを構えた。
ここまで銃撃はない。
煙の向こうから、追いかけてくる気配もなかった。
ならば、待ち伏せている場所はこの先か。
「ユリ、わたしが右から――――」
言いかけた時だった。
ユリアのスコープが、岩柱の側面を横切る。
地面に近い部分。
岩肌に張り付いた、平たい人工物。
その中央で、小さな光が点滅していた。
『天音っち! 今すぐ下がって!!』
「っ!」
理由を聞くより先に、指が動いた。
天音のキャラクターが後方へステップする。
直後――――岩柱の根元が爆ぜた。
「うわっ!?」
画面が激しく揺れる。
爆風に押され、着地したばかりの身体がさらに後ろへ飛ばされた。
シールドの数値が減る。
だが、割れてはいない。
ユリアの声が少しでも遅ければ、爆心地に踏み込んでいた。
「ありがと、ユリ! 助かっ――――」
『まだです! 上!!』
見上げた先で、岩柱が傾いていた。
根元を砕かれた巨大な岩。
それが、天音のいる場所へ倒れ込んでくる。
「っ、危な!!」
横へ跳ぶ。
さっきまで立っていた場所を岩が叩き潰し、凄まじい音が響いた。
破片が散る。
地面を覆っていた砂が舞い上がり、画面いっぱいに広がった。
「なにこれ……見えない!」
すぐにショットガンを持ち直す。
事故ではない。
岩に仕掛けられた設置型爆薬を、敵が起爆したのだ。
つまり、こちらを見ている。
『天音っち、こちらも視界が――――』
ユリアの声が聞こえた。
援護の射線まで、砂塵に潰されている。
しかも倒れた岩が、先ほどまでの退路を塞いでいた。
天音は照準を正面へ向ける。
敵が来るなら今だ。
そう判断した瞬間、砂色の視界に黒い影が浮かんだ。
近い。
銃口を向けるよりも早く、その姿が目の前へ踏み込んでくる。
デビットだった。
だが、その手にアサルトライフルはない。
握られていたのは、剣。
「――――えっ」
振り上げられた刃が、砂塵を裂く。
天音の眼前へ、迷いなく振り下ろされた。
『銃で撃ち合うだけがゲームじゃないぞ』




