第32話・赤井雄二と新海秋奈
「天音さん、少し席を外します」
準決勝の開始を待つ間、雄二はスマホを手に立ち上がった。
「ん、わかった。でももうすぐ始まるよ?」
「えぇ、ユリアさんにもよろしくお伝えください」
部屋を出て、階段を下りる。
玄関で靴を履くと、そのまま外へ出た。
8月末の日差しは、まだ強い。
雄二は軒下の日陰へ入り、大会の連絡先として共有された番号を呼び出した。
公式配信は、少し前にゲスト実況へ交代している。
話すなら今だった。
『……あら、赤井雄二?』
「お忙しいところ失礼します。新海秋奈さん、少しお時間よろしいでしょうか」
『構わないわ。どうしたの? 大会中にわざわざ電話なんて』
声には驚きよりも、彼女自身の興味があった。
雄二は閉じた玄関を一瞥し、口元を緩める。
「どうですか、ウチのコンビは。なかなかやるでしょう?」
『フフッ、わざわざ自慢しに来たわけ?』
「まずはご感想を伺おうかと」
『そうね……思っていたより、ずっと面白い。さっきの試合なんて特に良かったわ』
秋奈は迷わず続けた。
『撃たれながら情報を集めて、居場所を割った途端に反撃。エーベルハルトも、天音を走らせるためにきちんと射線を作っていた。良い組み合わせね』
「ありがとうございます。本人たちにも伝えておきます」
『それで? 本題は別でしょう』
雄二の笑みが、僅かに深くなった。
「えぇ。改めて聞かせてください。なぜ天音さんをゼータに招待したのですか?」
『前にも言ったわよ? 面白そうだったから。現に、こうして超面白くなっているじゃない』
当然のような返答。
秋奈はそのまま言葉を足す。
『配信が盛り上がることこそ、ゼータを開く意味よ。上手いプレイヤーを集めるだけなら他にも大会はある。わたしは、見ている人が熱中できるものを作りたいの』
「それは理解しています」
『じゃ、何が気になるのかしら?』
「それだけでは、まだ理由として足りないと思いまして」
雄二は日陰の中で、壁へ軽く背を預けた。
「ユリアさんから話を聞いた。実際に配信も見ていた。それらを加味しても……自分で言うのもなんですが、天音さんは本来この大会への参加権を得るはずがなかった」
『あら、随分と低く見積もるのね』
「実力の話ではありません。実績と、業界での信用の話です」
大会の顔ぶれは、誰もが名前を知る人間ばかり。
活動を始めて間もない天音とは、積み上げてきたものが違う。
「ユリアさんに1度勝った。それは確かに大きな成果です。ですが、他にも呼べる人間は大勢いたでしょう」
『……』
「もう1つあったんでしょう。天音さんを招待すると決めた、決定的な理由が」
通話の向こうが静かになる。
雄二は急かさず、答えを待った。
やがて、秋奈が小さく笑う。
『やっぱり優秀なプロデューサーね。自分のところへ来た好機でも、理由を確かめずにはいられない?』
「預かっているのは、人の人生ですから」
『そう……。えぇ、確かに最初はあの子へ参加権をあげる予定はなかったわ』
雄二は無言で頷いた。
聞きたかったのは、その先だ。
『ゼータへ呼ぶ大前提は2つ。日本トップクラスのプレイヤーであること。そして配信者としての素養、才能があること』
「天音さんは、それを満たしていると?」
『もちろん。そこは貴方も疑っていないでしょう? だけど――――』
声がほんの少し低くなる。
『もう1つ、わたし個人が明かしていない参加条件があるの』
壁に預けていた背中が離れた。
雄二はスマホを持ち直す。
裏付ける実績か。
スポンサーとの関係か。
それとも、自分がかつていた場所に繋がる何かなのか。
「……天音さんは、その条件を満たしたから招待された」
『そうね。むしろ……それを一番大きな基準にしているわ。知りたい?』
「秘密保持が絡むなら、後で契約書でも送ってください。それだけ知りたいとは思っています」
『あっはっは! そんなの口約束で構わないわよ。勝手に配信で喋らなければね』
「わかりました」
秋奈は笑いを収め、答えた。
『空井天音という人間が、本来なら日の目を見ることのなかった人材だからよ』
「……どういうことです?」
『才能があっても、見つけてもらえない人間はいるでしょう。アイドルでも配信者でも。何が足りないか本人にはわからず、そのまま消えていく人間が』
雄二の脳裏に、あの日の配信が浮かぶ。
誰も書き込まないコメント欄。
引退を告げる、元気のない声。
自分がDMを送らなければ、天音はそのまま活動をやめていた。
『けれど、優秀な第三者が関わった途端に変わった。足りないものを補われて、表舞台に立ち、才能を開花させた』
「……」
『わたしはそこに、新しいビジネスモデルを作れると思っているの』
「ビジネス……ですか」
『そう! 埋もれた人材とその価値を見つけて届けられる人材。その組み合わせを発掘して、実際に成果が出る場所まで繋ぐ』
雄二は黙って聞いた。
単に天音のゲームが上手かったから。
そんな話よりも、秋奈の視線は広いところへ向いていた。
『わたしが見たいのは、自分に足りないものを誰かに任せられる人間よ。1人で何でもやれると思っている人間には、どんなに上手くても招待枠を渡す気はないわ』
「だから、デュオ大会なんですか」
『えぇ、自分以外の誰かを信頼して、その力を借りて勝つ。その面白さが一番わかりやすく出るでしょう?』
雄二は少し目を伏せる。
「ですが、天音さんがユリアさんと組むことは、招待の時点では決まっていなかったはずです」
『信頼する相手が、最初から選手である必要はないわ』
即答だった。
『空井天音にはもういたでしょう? 自分の可能性を信じてくれて、その助言に未来を預けようと思えた相手が』
「……俺、ですか」
『そうよ』
雄二は言葉を失った。
『招待を出した時点では、それが赤井雄二だとは知らなかった。貴方の名前を聞いたのは、その後エーベルハルトと話した時』
秋奈の声には、楽しげな響きが戻っていた。
『でも、裏方がいることは配信の変化を見ればわかった。空井天音も、その人の力を借りて伸びたことを隠そうとしなかった』
自分1人の成果として誇ることだってできたはずだ。
しかし天音は、何度でも雄二のおかげだと言った。
『あの子が1人で頑張っているだけなら、今回は呼ばなかったでしょうね。貴方という存在を加味した瞬間、この大会へ入れる価値があると思ったの』
「……本当に独断と偏見ですね。客観的な線引きなんて存在しない」
『独断と偏見で決めているなんて、今さらでしょう? ネットの誰もが知っているわ』
悪びれる様子は、全く無かった。
『これはわたしが主催する大会。わたしが好きなプレイヤーを参加させたいの』
「主催者が私情を優先するという噂は、本当だったようですね」
『知っていたくせに』
雄二は鼻から短く息を吐いた。
否定はできない。
そもそも自分だって、天音を選んだ理由を聞かれれば、最後は個人的な感情へ行き着く。
あの声が好きだった。
諦めようとする姿を、見ていられなかった。
『だけど、そのおかげで貴方がプロデュースしている子は、こうして表舞台に立てた』
「えぇ。それについては感謝しています」
『時には、偏見と独断が誰かを救うことだってあるのよ』
雄二は少しだけ皮肉を込めた。
「それで出番を奪われる人も多いですけど」
『それが資本主義、そして競争社会というものでしょう。日本に住んでいるなら、みんな知っていると思うけど』
選ばれた人間がいれば、選ばれなかった人間もいる。
全員を同じ舞台へ立たせることはできない。
秋奈はその選別を、堂々と自分の好みで行っていた。
「……確かに、そうですね」
雄二は空を見上げた。
眩しい青の向こうに、薄い雲が流れている。
この機会を与えた理由が、主催者の私情でも構わない。
天音は今、その機会を自分の力で結果へ変えている。
ならば自分も、ここで遠慮する必要はなかった。
「天音さんは、貴女の座を奪いに来ますよ」
『えぇ、その可能性があるから見込んだの』
返事は楽しそうだった。
自分を脅かす相手をわざわざ招き、勝ち上がってくるのを待っている。
まったく、厄介な主催者だ。
「では、また会いましょう。おそらく……すぐにでしょうけど」
『楽しみにしているわ、プロデューサーさん』
通話を切る。
玄関を開けたところで、2階から大きな声が響いた。
「勝ったぁぁぁ!!」
雄二の足が止まる。
次いで、自然と口元が緩んだ。
階段を上がり、部屋の扉を開ける。
天音が振り返った。
「雄二さん! 決勝! 決勝行けた!!」
「……えぇ。今、聞こえました」
モニターには、勝利した2人のアバター。
その隣で、トーナメント表が更新される。
決勝の枠へ進んだ、空井天音とユリア。
向かい側には、既に到着している2つの名前があった。
デビット。
ラーク。
前回王者と挑戦者が、ついに同じ舞台へ並んだ。




