第29話・ゼータ開催
––––8月30日、ゼータ当日。
世の学生達が夏休みを終えるこの時期に、最後のイベントとしてゼータは開催された。
『ようこそ皆さん! ゼータ主催者のベルセリアです。今日は集まっていただいてありがとね、朝から晩までぶっ通しだから、覚悟してよ?』
画面いっぱいに、拍手のスタンプが飛び交った。
大会用のオンラインロビーには、招待されたプレイヤーたちのアバターが並んでいる。
中央には、金色に縁取られた特別枠。
そこに座る黒髪の少女のアバターが、片手を上げた。
『飲み物と軽食は用意した? トイレも先に済ませてね。わたしに負けた理由を膀胱のせいにされても困るから』
【開幕から煽ってて草】
【主催者が一番楽しそう】
【今年こそ倒されるところ見たいぞ!!】
『あら、残念。今日も皆さんの期待を裏切る予定です』
軽く笑った秋奈が、配信画面を切り替える。
ロビーの背景に巨大なトーナメント表が出現した。
大会公式配信の同接は、既に8万人を突破。
各参加者の配信にも視聴者が集まり、チャット欄は開会前から凄まじい勢いで動いていた。
「うっはぁ……規模やばっ」
天音は自室の椅子に座り、サブモニターの公式配信を見つめていた。
聞いたことのある名前ばかり。
普段なら視聴者として見ている側に、今日は自分も並んでいる。
その横には、飲み物を用意した雄二。
「緊張しますか?」
「そりゃするよ! 名前知ってる人しかいないんだけど!」
『大丈夫です。向こうも今は、天音っちの名前を知っていますから』
ヘッドフォンからユリアの声が届いた。
その落ち着いた口調に、天音は少しだけ笑う。
「そう言われると余計緊張するなぁ……!」
練習したことは、全部頭に入っている。
手も動く。
それでも大会当日の空気は、普段のランクマとは全く違っていた。
そこで、秋奈が説明を始める。
『ではルールのおさらい! 本戦に出るのは総勢32人、2人1組の16チーム。トーナメント方式で優勝を争ってもらいます』
画面に、16組の名前が配置された。
天音とユリアの名前も、その一角に並ぶ。
『各対戦は専用マップでのデュオ戦。相手チームを全滅させた側がラウンド勝利、先に2ラウンド取ったチームが勝ち上がりです』
普段のバトルロワイアルとは異なり、戦う相手は目の前の1組のみ。
漁夫が来ることはない。
その代わり、他チームとの潰し合いで強敵が消えてくれることもなかった。
『装備はマップ内で調達。使用可能な武器やスキルは事前に配った規定通りね。ラウンドごとに仕切り直すから、負けても机を殴らないこと。修理代は出しません』
【先に言われたww】
【ゲーマーへの注意事項が的確】
『それから配信を見ながら相手の位置を調べるのは禁止。参加者の配信には規定の遅延を入れています。観戦情報を外から教えるのもダメよ』
雄二は設定を最終確認し、天音へ頷いた。
試合中の判断と通話は、天音とユリアの2人に委ねる。
自分が直接手を入れられる準備は、もう終わっていた。
『そして、わたしは本戦の外にある特別シード枠で待機。まず皆さんで優勝ペアを決めて、最後にここまで来てもらう形になります』
トーナメントの頂点から伸びた線が、金色の枠へ繋がる。
そこに表示された名前は、ベルセリア。
『主催者特権? えぇ、そうよ。文句は直接倒してから聞かせてね』
【堂々としてやがるwww】
【待ってろ今年こそ!!】
コメントに笑った秋奈は、参加チームの紹介へ移った。
『今回もなかなか濃い面子が揃いました。まずこちら、近接武器への愛が重すぎるお2人』
髑髏の仮面を付けたアバターが、揃って手を上げる。
『弾薬代を節約しに来ました!!』
『このゲーム、弾は拾うものだけどね?』
即座に返され、ロビーが笑いに包まれた。
他にも、射撃訓練を毎日欠かさない社会人ペア。
普段はホラーゲームで絶叫しているのに、FPSでは異様に冷静な配信者たち。
紹介されるたび、各チームが短い挨拶を返す。
冗談を言える余裕はある。
それでも、誰も負けに来たわけではなかった。
『続いては前回準優勝――――ユリっちこと、ユリア・エーベルハルト!』
天音の隣の枠が、大きく表示された。
見慣れたユリアのアバターに、歓声のスタンプが集中する。
『お招きいただきありがとうございます。今回は、もう1つ上の順位をいただきに来ました』
『言うわねぇ。前回は決勝で随分悔しそうだったもの』
『覚えていますとも……あれを忘れられるほど、物覚えは悪くありません』
口調は丁寧。
だが、普段の買い物で話す時とは明らかに熱が違った。
天音はマウスを握り直す。
ユリアにも、越えたい相手がいるのだ。
『そして今回、彼女が相棒に選んだのはこの方! 空井天音!』
「っ!」
自分のアバターが、ユリアの横へ拡大表示される。
紹介映像に流れたのは、あのコラボ配信。
天音が最後のリボルバーで、ユリアを撃ち抜いた瞬間だった。
『ご存じの方も多いでしょう。エーベルハルトとの直接対決に勝利した、今回期待のダークホースです』
【あの子か!!】
【切り抜き見た!】
【ユリっちと組むの熱いな】
挨拶用のマイクが開く。
天音は息を吸い、いつもの声を出した。
「初めまして、空井天音です! 今日はユリと一緒に、勝てるところまで――――」
言いかけて、止める。
勝てるところまで?
違う。
そのために、この1週間を過ごしたのではない。
「優勝しに来ました! よろしくお願いします!」
横で、雄二が笑った。
ユリアも、通話の向こうで小さく息を漏らす。
『えぇ。わたしたちで優勝しましょう、天音っち』
『良い返事! その意気で来てちょうだい』
秋奈が楽しそうに頷き、次の枠を開いた。
『では最後に、その優勝宣言を聞いている前回王者にも話してもらいましょう。デビット、それにラーク!』
ロビーの空気が変わった。
黒い戦闘服のアバターと、大柄な重装兵。
飾り気のない2つの名前へ、コメントが一気に集まる。
デビット。
現役のプロ選手であり、前回大会でユリアを破った男。
『デビット、今年の抱負は?』
『優勝です』
短い。
秋奈は笑みを崩さず、さらに振った。
『他には? せっかくの紹介時間よ?』
『試合で見せます。ここで話しても勝率は上がらないので』
【ガチすぎるww】
【いつものデビットで安心した】
『ほらな? 俺がいないと挨拶が3秒で終わるんだよ、この人』
割って入ったのはラークだった。
重装兵のアバターが、大袈裟に肩をすくめる。
『皆さんどうも! 今年もこいつの後ろで機関銃をぶっ放す係です。騒音についての苦情は試合後にお願いします!』
『ラーク、射撃は必要な分だけでいい』
『わかってるって! 必要な分が多いんだよ、お前を前に出すには!』
再び、チャット欄が笑いに包まれる。
だが天音は、その2人をじっと見ていた。
雄二が、静かに口を開く。
「事前に見た映像通りですね。デビット選手はアサルトライフルを軸に、距離を選ばず対応するタイプです」
「うん……穴が無かった」
「そしてラーク選手の機関銃が、その動きを支える。片方だけ見ていると、もう片方に崩されます」
1週間前の天音なら、まずデビットの射撃だけを見ていただろう。
今は、その後ろが気になる。
いつ撃ち始め、どこを押さえるのか。
ラークの援護があって初めて、デビットは自由に動ける。
『エーベルハルト』
不意に、デビットが名を呼んだ。
『今年は組む相手を変えたんだな』
『えぇ。わたしが背中を預けたいと思った方です』
『そうか。なら決勝で確認する』
挑発するような笑いは無かった。
ただ、勝ち上がることを前提にした声だった。
天音の胸が熱くなる。
ユリアを破った前回王者。
その隣には、動きを知り尽くしたパートナーがいる。
倒せば、その先へ進める。
「……やろうね、ユリ」
『もちろんです』
2人の声を聞いた雄二は、椅子を少し後ろへ引いた。
もう画面の前は、天音の舞台だ。
紹介を終えた秋奈が、中央へ戻る。
トーナメント表に各チームの初戦が表示され、ロビーを包む音楽が一段高くなった。
『さぁ、お喋りはここまで! 口で言ったことは全部記録に残ってるからね。ここからはプレイで証明してもらいます!』
チャット欄に、応援の言葉が溢れる。
天音はキーボードへ左手を置いた。
右手には、あの新しいマウス。
ヘッドフォンの向こうにはユリア。
すぐ傍には、ここまで導いてくれた雄二がいる。
秋奈が声を張り上げた。
『優勝者はこのわたし、ベルセリアと戦う権利が与えられます!! さぁみんなぁ、バトっていきましょー!!!!』




