第27話・新海秋奈VS赤井雄二
「ゼータ主催者……、新海秋奈さん?」
『えぇ、初めまして。夜遅くにごめんなさい。お時間大丈夫かしら?』
「その前に、なぜ俺の番号を知ってるんです」
雄二の低い声に、秋奈は全く動じず答えた。
『ゼータへの参加にあたって、いつでも通じる番号を書いたはずよ? 忘れたかしら?』
「では、大会についての連絡事項ですか? 通常はメールだと伺ってましたが」
『まぁそうね、”半分”は合ってる』
曖昧な返答だった。
雄二は閉じかけていたノートPCを開き直す。
「残りの半分は?」
『わたしの個人的な興味。空井天音と、そのプロデューサーについて少し話したくて』
声は若い。
だが、相手の出方をうかがうような遠慮は一切なかった。
新海秋奈――――ベルセリア。
登録者120万人を抱え、国内外の大会で優勝を重ねるプロゲーマー。
その名前を、かつて業界にいた雄二が知らないはずもない。
「天音さんについてなら、配信を見ていただくのが一番だと思いますが」
『見たわよ、今日のも。収益化おめでとう。初めてのスパチャであそこまで喜んでくれると、投げた側も嬉しいでしょうね』
「……ありがとうございます」
『2000円でエイムが飛ぶのは面白かったわ。あの状況から立て直せるのも、基礎がしっかりしてる証拠ね』
どうやら、本当に見ていたらしい。
雄二は椅子に座り直し、スマホを持ち替えた。
『あとは最初に見た時より、喋りながら戦うのが自然になった。コメントを拾う余裕もあるし、配信者としてはかなり良い感じじゃない?』
「本人がどうすれば楽しんでもらえるか、ちゃんと考えていますから」
『あら、あなたが全部指示してるわけじゃないのね』
「俺が話す内容まで決めたら、それは天音さんの配信じゃありません」
通話の向こうで、小さく笑う気配がした。
『なるほどね。エーベルハルトが気に入るわけだわ』
「ユリアさんから何か?」
『色々と。ただ、経験上聞いた話だけで判断するのは好きじゃないの。だからこうして直接電話したわけ』
その言い方に、雄二は少しだけ引っ掛かるものを覚えた。
天音だけではない。
この少女は、明確に自分自身も見定めようとしている。
「それで、実際にご覧になった感想は?」
『良い配信者だと思うわ。伸びるでしょうね、今後も』
一拍。
秋奈は声の調子を変えずに続けた。
『でも、今のままじゃゼータで優勝はできない』
雄二の指が止まる。
台所の時計が、静かに秒を刻んでいた。
「……随分と、ハッキリ言うんですね」
『曖昧に褒めてほしかった?』
「いえ、理由を聞きたかっただけです」
『簡単よ。今日の配信、苦しい場面をほとんど個人技で解決してたでしょう』
雄二は無言で耳を傾ける。
『撃たれてから振り向いて撃ち勝つ。位置が悪くても、相手を1人倒して逃げ道を作る。あれは上手い人にしかできないし、見ていて面白いわ』
褒めている。
だが、その先があることは雄二にもわかった。
『ゼータでは、その1人が簡単に倒れてくれない。その間にもう1人が詰めてくる。2人とも、天音が撃ち合ってきた相手より強い可能性だってあるわ』
「……そうですね」
『エーベルハルトも同じ。単独では強い。でも、強い二人を並べたら強いペアになるとは限らないわ』
反論できない指摘だった。
雄二も、ユリアと組めたことで全て解決したとは思っていない。
天音が自分で勝ててしまうからこそ、これから覚えるべきものもある。
『相方が何をしてくれるか。どこまで任せて、自分は何を捨てるか……それを考える前に勝てちゃうのよ、今のあの子は』
「今日の配信だけで、そこまで見ましたか」
『それが仕事だもの』
軽く言い切る。
120万人という数字以上に、その一言が雄二には重く聞こえた。
この少女は、実際に頂点を争う場所で戦っている。
ただの意地悪で、天音を低く評価しているのではない。
だからこそ、雄二も姿勢を正した。
「今の課題については、概ね同意します。ですが、優勝できないという結論には同意できません」
『どうして?』
「それを決められるのは、天音さん自身です」
即答だった。
通話の向こうが、僅かに静かになる。
「残りの時間で、何を身につけるか。ユリアさんとどこまで互いを理解し合えるか。それを今から積み上げるのに、俺が先に限界を決める理由にはなりません」
『本人が信じれば勝てる、と? 根性論だわ』
「そんな話はしていません」
雄二の声は低いまま、揺れなかった。
「課題があるなら潰します。必要な練習があるならその時間を作る。天音さんが勝つために使えるものを増やすのが、俺の今の仕事です」
『その結果、高みに届かないことだってあるでしょう』
「あります。ですが、それを恐れて今から諦める方を俺は選びません。貴方もエンターテイナーならご存じでは? 人生は……博打でしか切り開けないと」
『……』
手元の画面には、先ほどまで確認していた天音の配信が映っていた。
初スパチャを受け取り、声を弾ませている場面。
この笑顔だけを見ていれば、ただの陽気な少女だ。
だが雄二は知っている。
ユリアに勝つため、失敗すればその場で終わる作戦へ頷いたこと。
勝利した後も満足せず、新しい環境へ必死に慣れようとしていたこと。
「ッ……」
天音は期待されるだけの人間ではなかった。
期待を向けられた時、それに応えようと自分から走り始める。
そういう女の子だ。
『随分と信頼してるのね』
「はい」
『じゃあ、根拠を見せて』
秋奈の声に、僅かな鋭さが混じった。
『わたしは今日のプレイを見て、今の評価を出した。あなたがそれを覆せると思うなら、何かあるんでしょう? 2人で試した戦術? 練習試合の結果?』
もっともな要求だ。
プロデューサーを名乗るなら、期待だけでは話にならない。
雄二はそれを理解した上で答えた。
「今は出せません」
『……へぇ』
勝つ確信はある。
だが、天音とユリアが実際に動き、通用する形になるまではただの構想に過ぎない。
それを完成済みの切り札のように語るつもりはなかった。
『迷いが無いわね、潔いとも言えるわ』
「今のままではダメ。ですが少なくとも、今日と同じ天音さんで挑むつもりはありません。そして――――」
雄二は画面を止め、ユリアとの戦いを思い出す。
自分が作れるのは、対等に戦うための土台。
最後の一手で相手を上回るのは、天音自身。
「当日は、必ず貴女も天音さんに熱中するはずです」
電話の向こうで、息を止めた気配がした。
「それを期待して、招待枠を用意したのでしょう? 秋奈さん」
今度こそ、返事が途切れる。
雄二は構わず続けた。
「完成された強さだけが欲しいなら、他に呼べるプロ選手はいたはずです。それでも貴女は実績の少ない天音さんを選んだ」
『……続けて』
「ユリアさんとの試合で何か滾るものを見た、数字や過去の成績だけでは測れないものを。だから今日の配信まで見に来た」
夜遅く、わざわざ電話まで掛けて。
大会主催者としての用件だけなら、こんな会話は本来必要ない。
「今のままでは足りないと伝えたかった。それで俺たちがどう返すのか、知りたかったんじゃありませんか?」
数秒の沈黙。
その後、スマホのスピーカーから笑い声が弾けた。
『あっはっは! さすがに見込んだだけはあるわね!』
それまでの、余裕を含んだ小さな笑いとは違う。
心底楽しそうな、年相応の声だった。
『いいわ、楽しみにしてる。そこまで言うなら、わたしの評価を当日ひっくり返してみなさい』
「そのために全力を尽くします」
『普通はもう少し怯むのよ? わたしに勝てないと言われたら』
「俺まで怯んだら、天音さんが安心して挑めませんから」
言ってから、雄二は僅かに笑う。
「それに、貴女も見たでしょう。天音さんは強い相手に会うと楽しくなる人です」
『知ってる。だから呼んだのよ』
今度の答えには、隠す気すらなかった。
『勝てそうな相手を選んで、自分の強さを見せる。そういう配信も仕事としては成立するわ。でも……天音は違った』
秋奈の声が、少しだけ熱を帯びる。
『エーベルハルトが想像より強かった時、あの子は笑ったでしょう。あれが良かったの』
「……えぇ」
『なら、ゼータはきっと楽しいわよ。思い通りにならない相手ばかり集めたから』
その中には、当然この少女自身も含まれているのだろう。
雄二は、天音がその舞台へ立つ姿を思い浮かべた。
怖くないはずはない、ゼータというトップの巣窟。
それでも、行かせてあげたかった。
本人が望み、自分も見たいと願った場所。
––––”トップ・オブ・ストラトス”へ!
『そうね。そこまで期待させてくれたんだから、わたしからも一つ用意しようかしら』
「何をです?」
『優勝した時の、特別なご褒美』
秋奈が、楽しそうに告げる。
『エーベルハルトと一緒に挑んできなさい! 優勝した暁には現在の“トップ・オブ・ストラトス”に会う枠をあげるわ』




