第26話・プロデューサーとしての仕事と矜持
今回はちょっと固い字風かもです。
ですが、契約関連なので端折り無しです。
「切り抜き!? わたしの配信を!??」
切り抜きとは、文字通り配信者の動画の見どころを切り抜き、短めの見やすい物にして投稿する形式。
現在では配信者本人の認可の下、収益を山分けする一種のビジネスとして成立している。
天音にとっては青天の霹靂。
なんせ、そんなことは超有名配信者の特権。
自分には一生縁が無いと思っていたからだ。
「もちろん良いよ! ぜひ切り抜いてもらって!!」
興奮する天音の認可をいただき、雄二は縦に頷く。
リビングに降りると、その柔らかかった顔を変えた。
ノートPCのキーボードを、無言で叩く。
【ご連絡ありがとうございます。切り抜きは下記の条件の下で行っていただきます。収益は双方で50%ずつ分配。原配信、および許諾に基づいて制作された切り抜き動画の著作権は、契約上、当チャンネル側に帰属するものとします。また、元の発言の趣旨を変える編集、未公開情報の使用、第三者への素材の再配布は認めません。詳細をご確認の上、合意いただける場合は契約書をお送りいたします】
送信。
先ほどまで天音へ向けていた笑顔は、もう無かった。
赤井雄二にとって、これは純然たる仕事だ。
天音が喜んだからこそ、その喜びを後から裏切るような結果にはできない。
相手から届いていた見本を開き、もう一度確認する。
字幕は読みやすい。
間の取り方も悪くない。
ユリアとの対決も、ただキル場面を繋ぐだけでなく、駆け引きが伝わる構成になっていた。
「腕はある、だからこそ……ですね」
数分後、返信が届いた。
『条件についてご相談させてください。編集、サムネイル制作、投稿管理まで当方が行うため、収益の70%をいただくことは難しいでしょうか』
想定通り。
雄二はコーヒーを一口飲むと、すぐにキーボードへ手を戻した。
【作業負担については理解しております。ただし、分配率は50%でお願いいたします】
まず結論を打つ。
その後に、理由を添えた。
【今回は、既に視聴者がついている配信と出演者の知名度を利用する事業です。企画、配信、機材への投資、出演そのものは当方が担っています。切り抜きが公開されるまでの負担は、編集作業だけではありません】
相手が悪いことを言っているわけではない。
長時間の配信から使える部分を探し、短い動画へまとめる。
字幕、音量調整、サムネイル。
それなりの時間が掛かる仕事だ。
しかし、それを理由に天音側の価値を安く見積もらせるつもりもなかった。
【こちらからも、内容を確認した動画については元チャンネルで紹介し、視聴者が流入する機会を設けます。双方の持つ価値を合わせて収益を作るための折半です】
今度の返信には、少し時間が掛かった。
『承知しました。ただ、制作した動画の著作権までそちらに帰属する点が気になっています。編集はこちらで行うので、完成動画は当方のものではないのでしょうか』
雄二は椅子へ深く座り直す。
そこを聞いてくるのは、むしろ健全だ。
読まずに同意される方が、後々面倒になる。
【編集で新たに生じる権利も含め、今回の契約で当方へ譲渡いただく、という条件です。元配信が当方のものだから、何も決めずに全てこちらの権利になると申し上げているわけではありません】
続けて、淡々と入力した。
【もちろん、ゲーム映像や使用楽曲など、第三者に属する権利は別です。その利用条件を守ることも前提になります】
配信動画だから、映っている物を何でも好きに扱える。
そんな雑な認識で始めれば、いずれどこかで足を踏み外す。
守るべき条件は、開始前に共有しておく。
雄二にとって、それは交渉以前の話だった。
【権利を集約する理由は、誤った編集や問題のある箇所が見つかった際、修正や公開停止を確実に行えるようにするためです。契約終了後に、天音の映像だけが別の意図で使われ続けることも防ぎたいと考えています】
画面の向こうの相手が、何を懸念しているかはわかる。
手間を掛けて作ったものを取り上げられ、収入も失う。
そういう話なら、誰だって頷けない。
だから、その不安も先に取り除く。
【一方で、契約期間中の合意した投稿・収益化は許諾します。当方の判断だけで、制作済み動画の分配を後から減らすこともありません。終了時の公開継続と精算についても、契約書に明記します】
送信後、雄二は台所へ向かった。
コーヒーを淹れ直している間に、携帯の通知が鳴る。
『動画が伸びなかった場合、編集側にはほとんど収入が残らないと思うのですが』
「それは、こちらも同じなんですよ」
独り言を落とし、席へ戻る。
【そのため、初めから大量の制作はお願いしません。まずは少数の動画で、作業量と収益の釣り合いをご判断ください。継続が難しければ、その時点で終了していただいて構いません】
仕事を始めれば必ず儲かる。
そんな無責任な約束はしない。
天音のチャンネルは一気に伸びている。
だが、その切り抜きまで必ず伸びるとは保証できない。
【ご提示いただいた見本の品質は評価しています。だからこそ、無理に本数を増やして消耗する形ではなく、双方が続けられる条件でお願いしたいと思っています】
数分間、返事は無かった。
雄二は催促せず、別の希望者から届いた見本を確認する。
字幕で発言を歪めていないか。
天音以外の出演者への配慮はあるか。
笑われている瞬間だけを繋いで、本人の印象を変えていないか。
数字が取れそうかだけでは、決められない。
やがて、通知が鳴った。
『わかりました。収益は折半、完成動画の権利は契約に基づきそちらへ譲渡。まずは少数から試す形でお願いいたします』
雄二は表情を変えず、返信した。
【ありがとうございます。では、契約書と運用条件をお送りします。合意が完了するまでは、投稿をお待ちください】
分配の対象となる収益。
報告と支払いの期限。
内容確認の方法と、修正が必要な場合の手順。
曖昧な部分を、ひとつずつ文章に落とす。
口約束のまま走り出した方が、正直言って楽だ。
しかしいざ揉めた時、その楽をした分だけ天音が傷つくことになる。
それは断じて許容できない。
「……よし」
送信を終え、雄二はようやく肩から力を抜いた。
◇
リビングには、冷蔵庫の低い音だけが響いていた。
上の階から時おりキーボードを叩く音が聞こえる。
天音はまだ、今日の配信を見返しているのだろう。
雄二は冷めかけたコーヒーを口へ運び、画面を眺めた。
収益の分配。
権利の帰属。
配信者本人には見えないところで交わされる、事務的な文章。
どれも、初めての仕事ではない。
「まさかもう一度同じ道を歩むとは……」
口に出すと、不思議な重みがあった。
かつての相棒も、最初は喜んでいた。
誰かに見つけてもらったこと。
昨日より多くの人が集まったこと。
初めて、自分の活動にお金が支払われたこと。
そのたびに雄二も嬉しかった。
自分の考えた企画が、あの少女の未来を少しずつ変えている。
そう信じて、夜遅くまでキーボードを毎日叩いていた。
「いつからだったかな……」
お祝いより先に、次の目標を話すようになったのは。
嬉しい報告をしても、数字が足りないと言われるようになったのは。
『視聴者なんて数字でしょ、綺麗ごとで配信者なんてできないって』
カップを置く手が僅かに止まる。
数字が必要なのは雄二も知っていた。
今日だって、収益の取り分を譲らず交渉したばかりだ。
金銭を軽んじたことなど一度もない。
それでも、画面の向こうにいる人間まで消してしまう必要が……一体どこにあったのだろう。
「……俺も、見ていなかったのかもしれないな」
伸ばすことに夢中だった。
道を作ることが自分の役目だと、信じて疑わなかった。
その道を歩く彼女がいつから違う景色を見始めていたのか……。
気づいた時には、もうすれ違っていた。
「ふぅ……」
天井を見上げる。
天音は2000円に驚いていた。
その金額で美味しいご飯が食べられるとビックリし、仕事帰りに見ているという相手へ声を震わせながら礼を言っていた。
雄二はあの反応が嬉しかった。
それと同時に思う。
忙しくなれば余裕は減る。
当たり前が増えれば、初めての喜びは徐々に薄れる。
それは天音だけではなく、自分も同じだ。
前はそこを見誤ったばかりに、お互いを不幸にした。
「今度はちゃんと一緒に歩かないとな」
頂点へ送り届ける。
その約束は変わらない。
だが、その途中で一緒に喜ぶ時間まで削ってしまいたくはなかった。
PCを閉じかける。
その時、机の上のスマホが震えた。
画面に表示されたのは、非通知の文字。
「……こんな時間に?」
眉を寄せる。
案件の相手なら、まずメールを寄越すはずだ。
少なくとも、今やり取りしていた切り抜き希望者へ番号は伝えていない。
数秒迷った末、通話ボタンを押した。
「はい」
『もしもし、赤井雄二さんで合ってるかしら?』
聞こえてきたのは、若い女の声。
当然のように名を呼ばれ、雄二の目が細くなる。
「……どなたですか」
『ゼータ主催者、新海秋奈です。初めまして……貴方が例のプロデューサーさん?』




