第2話・画面越しの推しは、現実だと危険すぎた
「一体どうしてこうなったんだ…………」
――――2027年7月、某県、蒼空市内。
夏の日差しが降り注ぐ中、赤井雄二は一軒の家の前に立っていた。
蒼空市は東京に近いことから最近人口が増えており、水資源を強みとして半導体最大手の工場を誘致、現在大幅に成長している都市だ。
その影響で、PCショップや家電量販店、大型モールなどが次々とできていた。
雄二はここに上京して1人暮らしをしていたのだが――――
「まさか天音さんが同じ市内住みだとは……、世界って狭いな」
DMで送られた住所はまさかの同じ市内、同じ町。
もちろんフェイクを疑っていたが、表札を見て愕然とする。
「空井……、ハンドルネームじゃなくて本名でやってたのかよ」
あまりの決まりっぷりに潔しとすら思ったが、そもそもここに至った経緯がぶっ飛んでいる。
【1回だけで良いんです!! わたしの家に来て環境のチェックしてくれませんか? 自分で調べたんですけど機材とかわからないことだらけで】
もちろん断った。
安全的な意味でも、倫理的な意味でも雄二は冷静さが残っていたつもりだ。
しかし、最後の言葉にだけ抗うことができなかった。
【ここで縁が切れちゃったら、わたし”一生後悔”すると思います】
「っ……」
その後も天音は己の身勝手さ、わがままさを必死に謝罪。
けどそんなことはどうでも良かった。
「後悔か……俺も変わんねえな」
それに、本名を晒してしまった手前何か面倒があっても困るので、この際サッパリ縁を切るためにも環境だけチェックすることを承諾した。
もちろん、終わったら今後自分の個人情報は絶対に守らせる。
全ては、今後の安寧のためなのだ。
――――ピンポーン――――
チャイムを鳴らす。
10秒ほどして、扉が開けられた。
「あっ、赤井さん? 初めましてー、空井天音と申します」
「ッ!!!!」
それは、全く意識していなかった雄二にとって不意の一撃。
配信者――――空井天音のリアルの姿は、端的に言って常人離れしていた。
腰まで伸びた銀髪は陽光で輝き、顔は学生にしか見えないほど幼くも可愛らしい。
丸く開いた瞳はルビーのような輝きを放ち、こちらを不思議そうに見つめている。
しかもだ。
全く知らない異性と会うというのに、ユルユルのシャツにショートパンツのみという無防備さ。
雄二は、やはりこの業界の常識は非常識も多いと再確認。
「あの、赤井さんですよね……? どうしました?」
ダメだ! この人はリアルだと危険すぎる……!!
本能で危機を察知した赤井は、手に持っていた袋を差し出す。
「いやなんでも! あとこれ、つまらない物ですが」
「あぁすみません! わざわざ買っていただいて、大丈夫なのに……」
「いえいえ、初対面ですから。ご家族でお楽しみいただければ」
そう言ってクッキー箱を渡す。
一瞬天音の顔が曇ったが、雄二は一旦触れないこととした。
「暑いですし、中へどうぞ」
「失礼します」
いざ入室。
フローラルな香りの清潔な通路を通ると、階段を上る。
どうやら、彼女の部屋は2階にあるようだ。
家族など第三者の気配は皆無。
雄二は予想が当たっていることを確信していた。
「失礼します、ここですか――――おぉ…………っ?」
通路が綺麗な分少し期待していたが、案内された配信部屋は一言で言うなら”汚”。
脱ぎ散らかされた衣類に、グチャグチャのコード類。
それに反してPCとデスク周りだけは埃が付いていないのだから、ギャップが凄い。
っというか部屋着くらい片付けておけと赤面。
見ず知らずの異性と会うのだから、配信より先に常識を勉強しろとツッコミたかった。
――――やっぱ顔出し配信はまだ厳しそうだ、でもPCのスペックは見た感じ悪くないな。
早速分析。
PCは2027年現在でわりかし通用する物。
だがマイクやモニターは相対的に安い種類で済まされており、まさに初心者が初期投資を頑張った例。
「どう……ですか?」
不安そうに聞く天音に、雄二は落ち着きながら返した。
「PCは問題ありません。中の掃除もしっかりされているのと、HDDやキャプチャーボードも良いのが入ってるので」
「よ、良かったぁ」
「ただし」
そう付け加え、雄二は天音の美麗な顔を見た。
「それ以外はお世辞にも良いとは言えません」
「ですよねー」
わかっていたかの如く、天音の肩が下がる。
雄二は初心者でもわかるように、軽く説明だけした。
オーディオが安物だから、OBSの設定が合ってないと余計にノイズが乗ること。
モニターが60Hzしか出ないから、天音の得意な競技系FPSでかなり不利なこと。
その他etc……。
「あうぅ……、察してはいたけど厳しいですねー…………。PCさえ良ければモニターとか安物で良いって思ってた」
「意外とみんなそうですよ、天音さんだけじゃありません。むしろ、この環境であれだけ無双していた方が凄いです」
「やっぱり見てもらって正解でした、多分まだまだありますよね?」
「言い出せばキリが無いくらいには……」
「じゃあやっぱり」
一息吸った天音は、その銀髪で覆われた頭を下げた。
「お願いします、DMでも言った通り――――わたしのプロデューサーになってくれませんか?」
「っ…………」
「迷惑……っなのはわかってます。でも赤井さんがわたしより色々詳しいのは明らかですし、報酬だって出します! だから――――」
「ごめん」
言い終わる前に、雄二は顔を逸らしていた。
「天音さんに助力したい気持ちはある、報酬だって魅力的だ。けどごめん……昨日も言ったけど俺は君のプロデューサーにはなれない」
「……聞くのは野暮かもしれませんが、どうしてですか?」
異性だとか初対面だとか、そういう部分の話ではない。
赤井はもう二度と、同じ過ちはしないと決めていた。
その上で、彼は天音の赤い瞳を真っすぐ見つめた。
「天音さんは、”画面の向こうにいる視聴者”を――――【人間】として見れる?」
赤井の問いに、天音が全く怯まない様子は次にあります




