第1話・底辺配信者、空井天音を救いたい
――――底辺配信者を見るのが好きだ。
そんな誰が聞いても失礼だろうと答える趣味を持つ人間が、赤井雄二という26歳会社員だった。
徹底的に整ったデスクへ座った彼は、いつも通り自作PCの電源を入れて、お待ちかねの時間を迎える。
『えと……、こんばんわ。空井天音のゲーム部屋へようこそ。今日はイーペックスのランクやっ……もご、やっていきますっ』
早速笑みを浮かべる雄二。
赤子のような慣れない口調、嚙みまくりの挨拶、堂々の同接1桁。
誰がどこから見ても底辺と呼ばれる配信者を、彼はこうして残業を切り上げてまで見に来たのだ。
「はー、落ち着く~。やっぱ天音さんの声は疲れに効くなぁ」
“空井天音”。
最近の一番お気に入りな女性配信者だ。
声が幼い感じで、可愛らしさが琴線に触れた。
「天音さんってゲーム上手いし声も可愛いんだけど、いかんせん“構成”と“環境”がアレだから……そこさえクリアしたら伸びるんだろうけどな」
––––俺ならもっと伸ばせるのに。
そう思いつつも、手は出さない。
もう疲れたのだ。
「あともうちょっと人気が出て、同接十数人くらいになったら参加型配信もやってくれるかもな。その時のために俺もゲーム練習して––––」
言いながら配信画面をサブモニターへ移した時だ。
『えと、大変言いにくいんだけどね……“今日で配信終わり”にしようと思ってるんだ……』
飲んでいたコーヒーを思わず吹き出しかける。
咳き込みながら画面をメインモニターへ戻し、目を釘付けにした。
「なっ、なんで……!」
『えと、なんか全然伸びないし……。友達にも小馬鹿にされちゃったし、才能無いっぽいからさぁー……潮時なんだろうねー』
わかるけど!! でもまだ配信開始して3ヶ月だろうが!
画面の前で悔しさMAXの台パンをした雄二の前で、引退宣言は続いた。
『ってか普通にお金稼ぐだけなら……バイトの方がコスパ良いってわかる。うん、現実は知ってる……ワンチャンだけでバズれるほど、この世界は甘くないよね』
「ッ……!!!!」
違う、そんなことない。
リスナーとして見てきたからわかる。
誰かが適切なプロデュースをすれば、絶対にバズる!
ただ本人が気づいていないだけなのだ。
コメント欄は相変わらず書き込み数ゼロ。
普段であればショックで放心状態になるところだったが、雄二はちょうど今日会社で初めてのプロジェクトが吹っ飛んだ。
それ以前に、挫折の悔しさは誰より理解している。
「やめろ俺……、早まるな……」
普段なら絶対に触らない画面。
目の前には、空井天音本人のSNSプロフィール。
その“DM”送信ページが映っていた。
キーボードがゆっくり押される。
『だから悔しいけど、わたしの配信は今日でおしまい。見ててくれた方はホントごめん……今まで応援ありがとね」
ここに来てコメント欄が動く。
【金目当てのイナゴだったか、やっぱ配信者ってロクなヤツいねー】
天音の声の抑揚がさらに下がる。
『……ホントごめん、でも……ガチでお金無くてさ。言えないけど普通にバイトだけじゃ足りなくって……」
【どうせホストにでも貢いでるんだろ? 底辺のカスがワンチャンとか抜かすなよ】
同接が1人減った。
雄二の脳裏に、二度と思い出したくない光景が一瞬浮かぶ。
お金が欲しい、そんなの仕事にしたいなら当たり前だ。
慈善で過疎配信をするほど、現代日本人には時間も余裕もない。
本来淘汰される運命のか弱き存在。
だが彼の手は既に動いていた。
【あなたの配信は、魅せ方を変えれば伸びます】
気づいた時には、送信アイコンをクリックしていた。
途端に配信が静かとなり、代わりにSNSの通知音が響く。
【それ、本当ですか……?】
たった一文。
だけどその一文に、天音の感情が詰まっているように感じた。
雄二は過去の呪縛を振り払うように、続きを入力。
【天音さんの声はとっても可愛い! 喋り方も丁寧だ。けれどOBSソフトの設定が微妙に合ってないんです。まずは俺の言う通りに設定してみてください】
次いで返信を待つことすらせず、雄二は前もってメモしていた調整値をコピペして送った。
昔の癖が、土壇場で役に立った格好だ。
内容は高音域のノイズを減らし、生活音やキーボードの音を遮断するといった基本。
だが直後に、配信画面から聞こえる天音の声が変わった。
『えと、これ……どう聞こえます?』
クリティカル!
劇的とも言えるレベルでクリアになり、OBSの設定が天音の声にピッタリはまった。
直後に、コメント欄で動きがあった。
【すっごく聞こえやすいですー!】
『ほ、本当!?』
思わず笑みがこぼれる。
だがこれだけじゃ意味が無い。
こんなのは皆やってる!
雄二はさらにタイピングを速めた。
【良いです! 次は簡素ですがタイトルを変えましょう、今の『イーペックス、ソロランクマ』から『イ―ペックス・ソロランクマ、ダイヤ帯5勝するまで徹夜配信~』にしてみてください】
【5勝ってキツくないですか!?】
【サイトのアルゴリズムはクリック数と、初動どれだけ長く見られたかで伸びが全然違うんです! 天音さんの腕なら何時間と掛かりません】
サイトをリロード。
すると、配信のタイトルがその通りに変わっていた。
まずできる措置はこれくらい、せめて数人増えてくれれば……と、雄二は思っていたのだが。
『ひゃっ! な、なんか同接増えてってる! 40人!?』
ビンゴ!
ありきたりなタイトルだが、サムネは元々悪くなかった。
導線としてはこれで十分機能する。
後は継続率だが――――
【初見です】
【声かわいー!】
【えっ、普通に上手くね? 声も聴きやすいし良い人見つけた】
画面の前でガッツポーズする雄二。
天音も突然のことで最初は困惑していたが、雄二の指示でいつも通りのプレイを披露。
彼の言った通り2時間半で5勝し、配信の縛りをクリアした。
最終同接数は57人。
間違いなく過去一番の伸びで、チャンネル登録者も比例して上がっていた。
「ついお節介やっちまったな……、もうこういうのはしないって決めてたんだけど」
背もたれに体重を預ける。
「そういえば引退の有無を言ってなかったな、まぁ……もし最後でも思い出になれば――――」
言い終わる前に、SNSの通知音が響いた。
【今日は本当にありがとうございました! おかげですっごく伸びて、色んな方に知ってもらえました!!】
天音からのDMだった。
この様子なら、引退は事実上撤回だろう。
しかし見ず知らずの名無し垢からの口出しに、よくぞ応じたものだと感心。
あとは適当にエールを送って、優雅に去ろうとした時だ。
「は…………?」
ようやく気付く。
DMを送っていたアカウントが、”本名付きの本垢”ということに。
【捨て垢だったら無視してたかもですけど、これ本垢……ですよね? だから信じて良いかなって思いました】
「のあああぁぁぁああああああああああッッッ!!!!!!!!!!!!」
やらかしたやらかしたやらかした!!!
焦ってつい本垢でDMを送ってしまった。
パニックになる雄二だが、彼のサプライズはこれで終わらない。
『おかげで配信を諦めずに済みました。その上で、恥を忍んでお願いがあります】
送られてきたメッセージに、赤井雄二はその場で脱力する。
【赤井さん、わたしの専属プロデューサーになってくれませんか?】
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