第15話・わたしの人生のプロデューサー
「1万……8000人……、わた……しが?」
台所の椅子に座った天音は、戦々恐々とした様子で震えていた。
手に持ったスマホを何度も落とし、ショートパンツから出た細い足は貧乏ゆすりを超えたレベルで動いている。
「夢じゃ……ないんだよね?」
天音の声に、鍋を持ってきた雄二が優しく返す。
「現実です、つねってみますか?」
「痛い……」
「そういうことです」
対面の椅子に座った雄二が、白飯の盛られたお皿を配る。
「天音さんの配信に、姿に……大勢の方が魅せられた。十分誇って良いです」
「なんか……実感が無い。フワフワしてる」
「そういった喜びは、後から追いつくものです。今は––––」
鍋の蓋が開けられた。
「わぁ……っ!」
視界に入ったのは、具がたっぷり入った”夏野菜カレー“。
濃いルーの中に色とりどりの野菜と肉が詰まっており、その匂いは犯罪的。
消耗し切った天音の腹を、一気に鳴らさせた。
「改めて、コラボ配信お疲れ様でした。前と同じく––––祝勝会やりましょう」
「グスッ……、うん! 祝勝会やろう!!」
何か壁を越えたら、必ず祝勝会をする。
これは雄二の、昔から続けているやり方。
かつてはこれだけで脳裏に”あの女”がよぎったが――――
「むふぅ……っ、雄二さんの手作りカレー。旨すぎかよぉ……っ」
眼前で幸せそうに頬張る少女を見ると、そんな過去の思い出は消し飛ぶ。
今は、この子のプロデューサーなのだ。
そう考えた時――――
――――あれ、俺しれっとやってるけど……。
ふと気が付く。
あまりにも自然に、自分は天音の家で食事を作っている。
当たり前だが、異性が一人暮らしする家だ。
そこに、自分は当然のようにいる。
プロデューサーだからとか以前に、普通は拒絶されるだろう。
そんな思考で、もう一度天音を見た時。
――――配信の時と一緒のようで、全然違うな……。
天音の笑顔が、大衆に見せるものとは違うことに気づく。
心から安堵していて、リラックスした表情。
それまであまり意識しないようにしていた雄二だが、ふと見惚れてしまった。
「もぐっ……」
それは天音も同じ。
食事しながら、さも当然かのように雄二を受け入れている自分に驚いていた。
――――他人とか、もう絶対信じないって思ってたのに……。
今だから言える、”自宅で二人きりで食事”。
こんなことを許せるのは、この世で雄二ただ一人。
プロデューサーだとか以前に、1人の異性として……雄二の頼もしさにいつの間にか、信頼と安心を寄せていた。
――――この人がいないと、もう生きてける自信がしないなぁ……。
何かをする時、一緒にご飯を食べる時、こんなに一緒にいたいと思える人間は初めてだった。
雄二になら、他の人間ではダメなことも許せる気がした。
現に、今もこうして胃袋をガッツリ掴まれている。
「んっ、天音さん。ほっぺについてますよ」
「あっ、ごめ……」
机のティッシュで、雄二が天音の頬を拭った。
そんなさり気ない動作だったのだが――――
「ッ……!!」
天音の顔が、みるみる内に赤く染まる。
ただ拭いてもらっただけなのに、なんでこんな……!
「ねぇ……雄二さん」
「なんですか?」
聞かずには、そして言わずにはいられなかった。
いや、むしろ言うならここしかなかった。
「わたしのプロデューサーになってくれてありがとう……っ、雄二さんがいなかったら、きっと配信に嫌な思いだけして終わってた」
天音の吐露に、雄二はスプーンを置く。
「俺だって天音さんに感謝してます。あなたがいなかったら、俺も超つまらない人生を歩んでいたでしょうね」
嬉しかった。
自分は雄二にとって、特別な存在になれているのかもしれない。
だからこそ、これは片方が勝手に想うだけじゃダメだと感じた。
「雄二さん」
「なんですか?」
カレーを完食した天音は、その紅い瞳を雄二へ真っすぐ向けた。
「わたし……、もう雄二さんがいない人生とか考えられない。まだ会ってほんの僅かなのにおかしいのは……わかってるっ。でも!」
言いきれ! 言い切れ!!
空井天音は、これまでの人生で一番の勇気を振り絞った。
「お願いします……! 配信だけじゃなくって、わたしの……人生もプロデュースしてくれませんか!?」
それは、傍から見れば完全な告白。
赤井雄二は決して鈍くない。
言葉に秘められた熱さ、想い、全てを感じることができた。
その上で返す。
「えぇ、もちろんです」
「ッ……!!!」
「まだ恋人って言えるかはわかりません、けど少なくとも……俺だって天音さんはもう他人と思ってない。正真正銘――――”特別な存在”ですよ」
笑顔で言い切る。
嬉しさで涙目になった天音は、同時に思う。
この人となら、2人で一緒にたどり着けるかもしれない。
最高到達点――――トップ・オブ・ストラトスに!
「さぁ天音さん、明日からまた忙しいですよ。俺のカレーは一晩置いても旨いですが、一杯じゃ足りないでしょう?」
「おかわりください!」
「その調子です!」
赤井雄二も改めて決意する。
この空井天音という特別な女の子の人生を、必ず自分のプロデュースで頂点まで導くと……。
これにて第一章は完結です。
皆さんお疲れ様でした。




