真理 Side 『即興』
寝起きの目に容赦なく朝の陽ざしが降り注ぐ。
碧音は両手を上げ、グッと背伸びをしてから自転車に跨り、気持ちの良い朝の空気を切り裂いて颯爽と漕ぎ出す。
止まない欠伸を連発しながらも、まだ人通りの少ない通学路を急ぎ学校へと向かった。
駐輪場から下駄箱を抜け、鼻歌を歌いながら練習室まで軽快な足取りで向かう。
「はい~、おはようさんです~。 一番乗りぃ~」
ご機嫌に独り言を呟きながら扉を開けると、部屋にはすでに真理が到着していた。
「碧音くんじゃん! おはよう! 早いね?」
「あらま、おざまっす~。ざんねん、二番乗りでしたね! 真理課長もお早いご出勤で」
「そうなのだよ、碧音平社員くん」
早朝から真理さんはノリがいい。
「新曲の構想でね、音がなかなか決まらなくてさ~。何個かエフェクター持ってきて試したいな~って思って。 碧音平社員は?」
「自分はちっと早めに目が覚めたもんで、誰もいない練習室で秘密の爆叩きでもしよっかなっていう不純な動機であります」
「アハハッ 何それ? 不純って。 ちゃんと練習しにきてるじゃん。 けど、ごめんね。誰もいなくなくて」
「いえいえ、全然。爆叩きじゃなくてもアップはできるんでね。むしろ音作り、手伝えることあったら言ってくださいね?」
「うん、ありがと。 したらさ、ちょうど良かったかも! アップとか基礎錬でいいからさ、ドラム叩いててくれないかな?」
「あ、全然いいすけど、なんで? うるさくて邪魔じゃない?」
「全然邪魔じゃないよ。碧音くんのドラム聞いてるとさ、インスピレーションが沸いてくるっていうか、体が熱くなるっていうか」
「お褒めのお言葉、あざまっす‼」
「ふふっ、本当に凄いよ、碧音くん。 もう一目惚れっていうのかな。一耳惚れかな? うん、そんな感じ」
「それ以上は恥ずいんで、やめてください、課長。セクハラです」
ケラケラと笑いながら準備を進めていくうち、次第にそれぞれの作業に没頭し始める。
碧音は朝練本番前のアップがてら、軽めのビートで体を動かす。
軽めとはいうものの碧音特有のリズム感は鮮明で、真理はそれを体全体で感じることが心地よかった。
碧音のリズムに包まれながら、指が動くままにコードを掻き鳴らし、都度エフェクターのつまみを微調整していく。
ちょっとした即興セッションのようでもある。
碧音も目を閉じて耳を研ぎ澄まし、真理が奏でる音に体を預ける。
しばらく続けていると二人の間にバチっとハマる、雷に打たれたような衝撃が生まれた。
「真理さん、今の、今のめっちゃ良くなかった?」
「うん、めっちゃ良かった! 自分でもびっくり…… 音もコードもかなりいいフレーズだった。 ち、ちょっともう一回いい?」
「うっす!」
何テイクか重ねるうちにより具体的なフレーズに進化していった。
「やっぱり凄いよ、碧音くん! こんな作り方初めてだし! めっちゃ良かった!」
お互いに何か掴んだ感覚を残し、充実感に胸が熱くなった。
真理が興奮気味に飛び跳ねながらドラムセットにいる碧音に近付く。
「めちゃくちゃ気持ち良かったもん! 体が勝手に反応するし!」
「あ、あの~…… 真理さん?」
「繋がってる感じがしたの! すっごい興奮した‼」
「ち、近すぎて、えっと~、当たってるんですよね…… その~、 柔らかい、お胸のほうが……」
気が付くとドラムセットに座る碧音の背後から腕を回し、抱きつく形でピョンピョン飛び跳ねていた。
「あ……私ったら、 また、 ご、ごめんね! うれしくって つい……」
顔を赤らめて恥ずかしそうに碧音から離れ、ギターアンプの前へと戻っていく。
「しかも、なんか、言い方までえっちぃかったし…… 知らない人が聞いたら勘違いしちゃうやつだし……」
「で、でも本当だよ? 本当にそう思ったんだもん!」
「あの、確認しときますけど、わざとじゃないっすよね?」
「えぇ~? 全然わざとじゃないですぅ~ まり~、そういうの、全然わかんないんでぇ~」
「絶対わざとじゃん! 初心な少年の心を弄んでるじゃん! ちきしょー、めっちゃからかわれてる……」
真理がお腹を抱え、涙を流して笑う。
「ごめんて!うそうそ、本当にわざとじゃないんだって。でもそのくらいうれしかったのは本当。こんなジャムセッションみたいな形でフレーズが生まれたのなんて初めてでさ。碧音くんのおかげだよ、ありがとう!」
「まぁ、確かに俺もこんな感覚は初めてで楽しかったっす。お役に立てたならよかったっす」
その刹那、強い殺気と刺すような視線を感じ、おそるおそるその方向に目を向けると、瞳に怒りの炎を宿したみやびが入口に立っていた。
「……ず、随分とお楽しみだったみたいで、お二人で何を?」
は、はやくきて……陽菜さん……




