陽菜 Side 『尊敬』
夕日の光が部屋の全部をオレンジ色に包み込んだある日の練習後。
合わせ練習を終え、碧音、真理、みやびの三人がソファへと移動し一息つく。
陽菜はキーボードテーブルに散らばった譜面を丁寧に片付けながら、穏やかな眼差しで三人を見つめた。
「相変わらず対照的な二人ね」 一人呟きクスリと笑う。
ソファでは碧音を中心に他愛もない会話で盛り上がり、無自覚で体の距離を縮めぐいぐい話す真理と、うつむき加減でチラチラと上目遣いで控えめなみやび。
「ん~、それでも幼馴染みのアドバンテージは大きいかなぁ……」
陽菜は冷静に状況を分析し一人、一歩引いた視点でこの景色を楽しんでいる。
「も~、陽菜さんからも言ってくださいよ~。 真理さん、近すぎなんすよ~」
ソファから助けを求めるように碧音が陽菜の元へ避難してくる。
「まぁまぁ真理、そんなにべったりしたら碧音くんが困ってるじゃない」
真理がハッと気づき、スゴスゴと小さくなって顔を赤らめる。
みやびからもこんこんとお説教をされている。
「でも嫌ならちゃんと自分で言うことも大切だよ? 碧音くん」
「ん~、嫌っていうか、恥ずいっていうか…… 絶対わざとからかってるでしょ? なんか、えっちぃんすよ、あの人」
「真理ったら本当に積極的よね〜。でも碧音くんだって本当は嫌じゃないんでしょ? 見てれば分かるよ」
「まぁ、一応自分も年頃の男の子なもんで……」
軽く頬を緩ませながら、眼鏡越しに碧音の困ったような表情を見て小さく笑う。
「そりゃそうだよね。真理みたいな子に迫られたら誰だってドキドキするよ。でもちゃんと流されないように頑張ってるんだ?」
「自分は今、恋愛よりも音楽の方が圧倒的に楽しいんでね!」
「碧音くんって本当に音楽大好きなんだね。そういうところ、結構好きかも」
「えっ⁉ 陽菜さんもそういうこと平気で言っちゃう系です⁉」
頬が僅かに赤くなり、慌てて視線を逸らす。
「え、あ、いや、そういう意味じゃないよ! ただ音楽に対して真摯なところが尊敬できるなって……」
「あ、そういうことか……ビビった、 ハレンチな人だらけかと思った…… けど、そういう意味なら俺だって陽菜さんのこと、尊敬してますから!」
興奮気味に熱を帯びながらも柔らかい口調で碧音は続ける。
「顔合わせの日、初めて聞かせてくれたあのデモ音源もさ、自分が叩くドラムパターンをイメージしながら聴いてたんすよ。
したら、驚くくらい自然にスッと入ってきて! 特にスネアの跳ねる感じとメロディラインの絡む感じが気持ちよくて!」
陽菜は譜面をまとめる手を止め、碧音の真剣な想いに耳を傾ける。
碧音の指が空中でリズムを刻む。
「そこにみやびの音でベースラインを乗せて想像しながら聴いたら、まさにドンピシャだったんすよね。弦を弾く強いアタック音とリズムの跳躍が絶妙に噛み合ってさ。それでみやびにも聴いてもらってツボるポイントを確かめたかったんです」
碧音の満足げに話す笑顔を見て、自分の作った音楽がバンドの一員として鳴り響いていることがたまらなくうれしかった。
「そんな風に聴いてくれてたんだ、嬉しいな…… ベースと合わせた時のイメージまで考えてくれてたなんて」
「うん、あいつの音ってなんかしっくりくるんですよね、俺的に。 で、二人のリズム隊なら陽菜さんのデモを満足できる形にできる!って思ったんすよ」
その言葉に触れた陽菜は、胸の奥で喜びが波紋のように広がるのを感じ、瞳に温かな輝きを宿した。
「バンド名の『The Blue Catalyst』もめっちゃ最高っす。陽菜さんと真理さんが込めた想いもしっかり伝わってきたし、ちゃんと受け止めて応えなきゃって思ったっす」
広がった波紋は胸を熱くし、涙が溢れそうになった。
自分が紡いだ曲が、バンド名が、想いが確かに伝わり共鳴している感触が伝わった。
「陽菜さん、センスの塊だわ! おれなんてすでに『ブルカタ』って略しちゃってますからね!」
雫がこぼれないように少し上を向き、眼鏡の縁を指で軽く押し上げる。
「そんなに褒めたってなんにも出ないわよ?」
二人の間に柔らかで希望に満ちた空間が広がる。
「でも『ブルカタ』って…… ちょっと、どう? 頭文字を取って『TBC』とかのがステキじゃない?」
「うっわ! それもめっちゃかっけぇっす! っくぅぅ~~! 陽菜さん、マジでセンス爆裂っす‼」




