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結成

 碧音をトップバッターにして始まった自己紹介もようやく最後の一人を終えた。

先輩達からの労いの拍手の中、緊張感に圧し潰されそうだった新入生達にも笑顔が見え始める。

「はい、お疲れさんでした。 みんな素晴らしい自己紹介でした。

この後はこのまま歓迎会となります。今日のために先輩達がお菓子や飲み物を用意してくれてるから遠慮なく頂いて。

先輩達にいろいろ質問したり、相談したり、これを機にみんなと仲良くなってちょうだいよ。

で、最後にそれぞれに明日からどうやって活動していきたいか聞いて回るからさ。

今決めなくてもいいけど、こうしてみたいって希望だけでも考えといてくださ~い」

顧問からの話を皮切りにあちこちでお菓子の袋が開け始められ、ジュースと紙コップが手渡しで回る。

さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように、和やかで賑やかな雰囲気は立食お菓子パーティーさながらの体を成している。

碧音が一人、ポテチとチョコパイを貪り食べていると、隣にいたはずのみやびの周りを何人かの男子達が取り囲んでいた。

「みやびちゃんさ、ベースめっちゃよかったよ!」

「俺らと一緒にバンドやんない?」

「みやびちゃんとならコンビでもいいかな!」

もてはやされ大人気の中、当の本人は「はぁ……」と「いえ……」の二種類の言葉のみで対応し、俯き加減で困惑の表情を見せている。

超がつくほどの鈍感な碧音はそのあたりピンと来ていないが、控え目に言ってもみやびは美少女である。

中学の終わり頃からは身長もさらに伸び、大人顔負けのスタイルも併せ持つ。

モテないわけがないのだ。

普段は控え目な性格と人見知りで、父と碧音以外の男性と話すことはほぼない。

どうしていいか分からず、ひたすら固まっているのだ。

そんなこととは露知らず「みやびの腕前ならそりゃ引っ張りだこだよな、うん」と一人納得し、次のお菓子に手を伸ばす。

 しかしながら、なぜ自分の周りには誰も寄ってこんのだろう……

帰りのホームルーム中に隠れて食べた、にんにくマシマシ餃子風味の特大玉ねぎロールパンの臭いのせいか……?

かりんとうをつまみながら天を仰ぎ、一人物思いにふける。

本人すら気付いてないその理由として、初登場のインパクトと今現在、一心不乱に貪り食う奇行による偏見の目も大きな一因ではあるが、何よりも同年代の()()を超越したスキルを前にして、強烈な劣等感と自己嫌悪を感じてしまう、人間の本能的な回避の心理のためであった。

そのため碧音は少年期から同年代の仲間とバンドを続けることが難しかった。

自ずと年上や大人達に混ざり練習を重ねることでさらにレベルが上がり、比例して溝は深くなっていった。

 かりんとうを一袋食べ終わり、次なる仙台牛タン・焼き味噌ずんだまみれ味のポテチに手を伸ばした時であった。

伸ばした碧音の腕に女の子が両手で絡みつくように抱きついてきた。

「ちょっとぉ、碧音くん。めちゃくちゃすごいドラムだったじゃんよ! 何、あれ!」

「へ……?」

思考が停止する。

「ねぇ、どんな練習したらあんなに叩けるようになるの? 筋肉とかやばいんじゃない?」

抱きつかれた腕に当たる女の子の柔らかな胸の感触と腕の筋肉を触られるフェザータッチで顔が茹で上がり、湯気が出る。

「ち……ちょ、ちょっと――――! なに、なになに⁉ だれ? だれよ⁉」

「あ、私? 私は浅倉真理。二年なので先輩ですよ! で、足とかはどんな筋肉してるん?」

「ぎ……ぎゃぁぁ――‼ な、なにこの人! めっちゃアグレッシヴなんですけど…… ま、まだ心の準備が……」

二人の騒ぎでまたクスクスと失笑の波が起こる。

ざわつきに気づき振り返ったみやびの視線の先に、女の子にくっつかれる碧音の姿があった。

「あ……あの、ごめんなさい、 ちょっとすみません……」

男子達の壁を突破し、怒りの形相でズカズカと碧音の元へ向かう。

何かを確かめるように碧音の太ももをさわさわしている真理の手をみやびが掴んで持ち上げる。

「ち……ちょっと! あ、あなた何してるんですか⁉」

「み、みやびさん…… た、たすけて……」

半泣きの碧音がみやびに助けを求める。

「何って、あんなドラム見せられたら、ねぇ?こっちだって興奮しちゃうわょ」

真理がわざと意味深に答える。

みやびの目にメラメラと燃え上がる赤い炎を見た気がした。

「あ、ごめんなさいね、うちの子が騒いでて……って、あら? 真理、なにしてるの?」

騒ぎを物ともせず、落ち着いた表情で現れたのは陽菜だった。

陽菜は真理とみやびと碧音の三人の状況を順番に見まわすと、瞬時にすべてを悟ったようにフフッと笑みを浮かべる。

「真理ちゃん、碧音くんが困ってるわょ? 一度離れてあげて?

 みやびちゃんだっけ? 真理がごめんなさいね? よく言っておくからいったん手、離してあげてくれる?」

陽菜が二人を優しく諭すように伝えると事態は収束に向かった。

「みんな、いったん落ち着きましょうか?」

陽菜の提案で部屋の一番端のテーブルに移動し、それぞれ水を一杯ずつ飲み干した。

「改めまして、私は橘陽菜。二年生でキーボードやピアノを担当してます。今は特に誰とも組まずにソロで楽曲制作したり、たまにサポートでほかのバンドを手伝ったりしてます」

「で、こっちは浅倉真理。彼女も二年生で同じように今はソロ活動で弾き語りをしたり、サポートギターでほかのバンドに入ったりって感じかしらね。 真理、ちゃんと二人に謝ったの?」

 「……ご、ごめんなさい。つい興奮しちゃって……」

「真理ちゃんね、ちょっと人との距離感がバグってる時があってね? ご迷惑おかけしました。でも、悪い子じゃないのよ?」

 陽菜が真理の保護者のように見えてくる。

「いえ、私もすみませんでした…… 先輩に対して、あんな態度取るなんて……」

「じゃぁ、仲直りの握手ね」

陽菜が二人の手を取って繋ぎ合わせる。

「よし、これで本題に入れるわね」

陽菜が少し真剣な顔つきになる。

「いま話したように私と真理はそれぞれ今はソロワークを中心に活動してるんだけど、二人とも本当に目指すところはバンド活動なの」

碧音はポテチを開け、つまみながら話の続きを聞く。

「私たちも今日の君たちと同じように、入部の時に演奏を披露して同級生の演奏を聴いて、少し経って先輩たちの音もいろいろ聞いたけどピンとくる感じがしなかったのよね。

だったら妥協して無理に誰かと組むよりもソロで技術を磨いて、その時のためにじっくり曲も練って。そう思って一年準備してきたの」

真理は目を瞑って腕組みをし、頷きながら聞き入っている。

「単刀直入に言うわね。 碧音くん、私たちと一緒にバンド組まない?」

みやびの胸に衝撃が走る。

「いきなりこっちが誘ったって碧音くんにも選ぶ権利があると思うし、一応デモ音源用意してるから一回聞いてみてくれないかな?」

陽菜が携帯を取り出し、イヤホンを碧音に渡す。

目で合図し陽菜が再生ボタンを押すと碧音はポテチを食べる手を止め、椅子に腰掛け目を瞑り、真剣に聞き入り始める。

「あの……碧音の後で構わないんで、私も聞いちゃだめですか? デモ音源……」

「ええ、ぜひ聞いてほしいわ。感想も聞きたいし」

優しく包み込むような笑顔で陽菜が応じる。

「全然関係のない話なんだけど、二人はお友達かしら? 随分仲が良さそうに見えたので」

陽菜が尋ねるやいなや、真理が瞑っていた目をカッと見開き、みやびに向け鋭い視線を送り、返答に聞き耳を立てる。

「え? そんな風に見えました? ただの幼馴染みですよ、腐れ縁ってやつです。幼稚園からの」

「幼馴染み? へぇ~…… 幼馴染みね。 ふ~ん…… ふふっ」

思案顔の真理がみやびを見つめ不敵な笑みを浮かべる。

「な……なんですか?浅倉先輩……」

「べ~つに~? ただのね? ただの幼馴染みか~、って」 

「ま~り~っ! 可愛い後輩ちゃんをいじめないの! それで、みやびちゃんはベース、何年目?」

「私まだ半年も経ってないんです。だからまだまだへたっぴで……」

二人とも驚いた表情で目を合わせた。演奏会でのみやびのプレイを覚えている。

拙いながらも借り物でない、自分の音を持っている子という印象。

始めたばかりの初心者が、たった半年であのクオリティに仕上げるには相当の練習を要したことは容易に推測ができ、その証拠にみやびの左手の指先は弦に擦れるせいで皮がめくれボロボロになっている。

見合わせた目はそのままに、二人は確かなモノを感じ笑顔で頷き合う。

しばらくすると碧音がふぅっと息を吐きながら椅子から立ち上がり、イヤホンを外した。

陽菜と真理は碧音からの感想の返答を緊張の面持ちで待つ。

「これ、同じ曲もう一回……みやびにも同じやつ聞かせても?」

陽菜が目を丸くして頷き、碧音がみやびにイヤホンを渡す。

みやびも碧音と同じように椅子に座り、陽菜の再生を待って目を閉じた。

「この曲は橘先輩が?」

「うん、大体の土台は私が作ってギターのアレンジと歌入れは真理に協力してもらって」

「ふ~ん…… で、リズムとベースラインはDTMでキーボード使って打ち込みって感じです?」

「そうそう、リズム隊のところがどうしても打ち込みだとこれが限界でさ? 欲しいサウンドには程遠いんだけどね」

「なるほどっすね~、ふむふむ」

碧音は何か考えるかのように宙を見つめ、両手をペシペシと腿に打ち付け、両足をパタパタさせてドラマー特有の癖でリズムを刻み始める。

そうこうするうちにみやびがイヤホンを外し立ち上がり、キラキラした瞳で陽菜に駆け寄る。

「先輩、すごいです!デモっていうからもっとざっくりした感じかと思ってたんですけど。

ちょっと難しいことはわからないんですけど、何ていうか……ほんとカッコいい曲だなって思います!」

興奮気味に陽菜に感想を伝える。

「みやびさ、仮に自分が弾くとしたらこだわりたいポイントってあった?」

「え? ん~…… 私なんかが意見するのもあれだけど、サビに入る前のところかな?

浅倉先輩のハイトーンのメロディが入るところ。あそこの裏はバシッと決めたいかなって思った」

少しの沈黙の後、四人全員が目を合わせた。

「うん、ドンピシャかな」

碧音が呟くと陽菜が続く。

「そう、作り手としてこの曲の一番聞いてほしいところはそこかな。盛り上げ所っていうか。 でも一番決め切れず納得いってないところでもあるの。 すごいね……言い当てられちゃった」

「うん、私もこの曲はそこが見せ場だと思ってて。ライブで歌うときのイメージを何百回も繰り返してる。一番好きなとこなんだよね!」

全員の想いと認識が合致する。

鼓動が早くなり、目の前の視界が一気に明るくなり広がっていく感覚があった。

「俺、この曲叩きたい。先輩のこの曲、俺が叩いて完成させたいっす!」

「え⁉ じゃあ……」

「うん、一緒にバンドやりたいっす! ふつつか者ですが宜しくお願いします」

陽菜と真理は向かい合って飛び跳ね、喜びを爆発させる。

「あ! あとこいつも! みやびとも一緒にやりたいんだ、俺。みやび、今はまだヘボヘボなんだけどさ、絶対いいベーシストになるんだ。 どうかな?」

「ち、ちょっと! ヘボヘボって……」

陽菜がクスっと笑いながらみやびの肩に手を乗せる。

「だって、そもそもこちらからお願いするつもりだったもの。どうかな? みやびちゃん」

「わ、私も一緒にいいんですか⁉ ホントに?」

みやびは両手で口元を押さえ、驚きと喜びの感情が溢れる。

「じゃあ決まりだな」

四人の歓喜の輪が出来上がった。

「あ! あとね……」 陽菜が話を続ける。

「本当はこういうのってみんなで話し合って決める大事なことなんだけどさ。もうずっと前から決めちゃってるんだ、バンド名。

譲れない想いだからさ。真理とも話してこれでいきたかったの」

陽菜がメモ帳とペンを探しながら思いを語った。

「一年間ずっと信じて待ってたんだ。新しく入ってくる後輩ちゃんの中に、一緒にバンドできる大事な仲間が必ず来てくれるって。正直、不安もいっぱいあったけど……その子たちが来てくれたら私たちの想いや曲をもっといい方向に進めていけるって。そんな大切な意味を込めて考えたんだ」

陽菜がメモ帳に想いを込めたバンド名を書き上げ、みんなに披露した。


『The Blue Catalyst』

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