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始まりの日

 散り始めた桜の花びらが風に舞い、春の日差しを受けてキラキラと反射する。

入学から二週間が過ぎ、少しずつ学校生活にもリズムが生まれてくる。

ホームルームが終わり、ざわめき立つ放課後の教室。

碧音は荷物をリュックに詰め込み、移動の準備を始める。

「あれ? 碧音は行かねーの? カラオケ」

「ん? あー、今日は俺、パスだ。 今から部活だからな!」

「クラスの女の子も何人か来るって言ってたぜ?」

「あちゃー、ざんねん…… まぁ、しょうがねーや! 俺の分も楽しんできてよ!」

「そっか、んじゃまた次ん時に! 部活、軽音だっけ? 頑張ってなー!」

「うぃ~、さんきゅ~」

右手を上げ、背中越しに友人たちへの挨拶を済ませ教室を出る。

そう、今日から待ちに待った部活が始まるのだ。

放課後の雑踏の中、胸を躍らせ足早に廊下を進む。

三組の前を通り掛かり、ちらっと教室を覗くと「碧音っ!」と名前で呼び止められ、声の主と目が合う。

鶴崎みやび

彼女は幼稚園からの幼馴染みで小中高まで一緒の腐れ縁ってやつだ。

小六の時、うちが町内の別の家に引っ越すまではよく一緒に遊んでもいた。

中学へ上がってからはさすがに一緒には遊ばなくなったものの、校内でも外でも会えば普通に挨拶もするし、会話もする。

「おっ? おつ~、みやび」

「碧音、今から行くんでしょ? すぐ用意するからちょっと待ってて」

みやびがバタバタとバックに荷物を詰め込み始める。

「お待たせ! よし、じゃあ行こっか」

みやびはベースケースを背負い、荷物を詰めた手提げバックを手に歩き出す。

彼女もまた軽音楽部に入部届を出し、今日が活動初日ということになる。

「あ~、緊張してきた…… もう朝からずっとそわそわしてるし……」

「そうか? おれは楽しみ過ぎて、今日の昼は学食のラーメン二杯食ったけどな」

「食欲は関係ないでしょうよ。 まぁ、碧音くらい腕があれば緊張もしないか……」

入部届を提出したときに顧問の先生から事前に連絡事項として説明を受けた。

活動初日の顔合わせの日、新入生はそれぞれ自己紹介と希望する担当楽器の発表、経験者は演奏を披露しても良いらしい。

もちろん無理強いはなく、自己紹介だけでもOKとのこと。

その後先輩も含めたディスカッションという名の歓迎会が行われ、希望も考慮したうえ、最終的にバンドを組む者、コンビやソロで活動を行う者などそれぞれの今後の方針を決めるという。

そのため新入生にとってはオーディションにも似た絶好のアピールタイムとなるわけで。

「みやびもさ、ちゃんと食っといたほうがいいんじゃね? おれのおやつの超特大チョコチップ豚骨ベーコンメロンパンあげようか?」

「何、その強烈なパン…… むしろこみ上げてきそう……」

「知らねえの? めっちゃうまいのに……」

「知らないわよ、見たこともないし。どこで売ってんのよ?」

「タコちゃん公園の前のコンビニ」

「あれはコンビニって言わんし。やってるかどうかもわからない謎の商店でしょ?」

 

 雑談を交わしながら二人で歩き進め、軽音楽部の練習室の前まで来た。

碧音は一度深い深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、今一度大きく息を吸い込んだ。

「おざま――っす‼ 一年一組、柊碧音っす‼ 宜しくおなしゃ――っす‼」

腹の底からのバカでかい挨拶とともに扉を開く。

みやびは唖然とする……

すでに室内にいた顧問、先輩、同級生、全員の時が一瞬止まった。

すぐにどっと笑い声が響き、止まった空気が動き始める。

「ち、ちょっと……碧音! 恥ずかしいことしないでよ! 私だっているのに! しかもノックくらいしなさいよ、バカッ‼」

みやびは顔を真っ赤にして碧音の後ろに隠れるように入室した。

顧問から手招きで誘導される。

「あぁ、一組の柊な。よろしく。今後は心臓に悪いから挨拶のボリュームはもう少し下げてくれると助かるよ」

「うっす‼」

「あと、ノックもな」

「……うっす!」

室内にまだクスクスと笑いの余韻が残る中、新入生は練習室の前側の端に集められる。

みやびが無言で碧音の肩をバシッと叩いた。

「だって…… 初登場だもん、元気に挨拶するっしょ⁉」

今度は小声でみやびの耳元に返す。

そんな夫婦漫談のようなやり取りを、室内の後方に集められた上級生の輪の中から微笑ましい目で眺める生徒の姿があった。

「陽菜ちゃん、あの子たちおもしろいね。 二人とも可愛らしいし」

「そうね、男の子のほうはちょっと真理と似てるかも」

「えぇ? どういうこと? 私って、あんな変な子なの?」

浅倉真理と橘陽菜である。

真理も陽菜も新二年生で碧音たちの一個上の先輩にあたる。

「ん~、変っていうか、元気っていうか……」

陽菜は長いストレートの髪を耳に掛け、鼻上の眼鏡をクッっと指で押し上げる。

「元気かぁ、なら褒め言葉だね。 ありがとう、陽菜ちゃん」

ポジティブに受け止め、屈託のない笑顔を返す真理。

しばらくすると顧問が話を始めた。

「え~、じゃあこれで揃ったみたいだし早速始めようか。

 新入生の諸君、改めて軽音楽部へようこそ!」

パチパチと拍手がこだまする。

「今年の新入部員は十人弱だから一人四~五分の持ち時間で自己紹介と希望する担当楽器を発表してください。演奏する予定の子はその時間内でよろしく頼むよ。 じゃあ、誰からいこうか?」

新入生に緊張が走り、誰も前へ出る者はいない。

「え? したらおれ、いっちゃおうかな? いいの? 一発目」

碧音がキョロキョロと周りを見渡しながら前に出ると、周りからはどうぞどうぞの空気が流れる。

「お! 積極的でいいね、柊。じゃあ柊から順番にいこう。次のやつも準備しとけよ~」

碧音が一人、前に出てみんなの視線を集める。

「えっと、一年一組、柊碧音っす。 楽器はドラムっす! 好きな食べ物は特大の豚の角煮っす。あと~、足のサイズは二七センチで視力はどっちも二・〇っす」

再び笑いが沸き起こり、張り詰めた空気が少し和らいだ。

しかしその空気はすぐに一変する。

「じゃあ、ちょろっとドラムソロでも叩きましょうかね……」

椅子に座りドラムセットを微調整し、スティックを握る。

フッと軽く息を吐き、目に集中の色が帯びた瞬間、叩き出しの一節で一気に場の空気が変わる。

独特のリズムとアクセントで生み出されるグルーヴは高校生のレベルを遥かに超えている。

手数の多さやバスドラの連打、クラッシュの鳴り、狂いなく刻むハイハットのビート。

初心者・経験者問わず、誰が聞いてもわかる圧倒的なうまさとテクニックで空間を支配した。

「……よしっと、 ひとまずこんなとこですかね。 柊碧音でした~ どーもー」

おどけてみせる碧音とは対照的に周囲は圧倒され誰一人声すら発せない……

入室時のフリーズとは全く違った形で、また時を止めた。

「……お、おう。 柊、お疲れさん。よかった、 うん、よかったぞ?」

顧問の絞り出した声でようやく針が動き始める。

「じ、じゃあ、次の人~…… って、 こりゃやりづらいよな……」

案の定、全員萎縮しまくっている。無理もない。

「わ、私、行きます!」

意を決して前に出ると、みんなが驚いたようにみやびに釘付けになる。

その顔は決意に満ちていた。

ドラムセットから戻ってくる碧音がみやびの前を通るとき、右手の拳を突き出した。

「おぅ、みやびもかましてこいよ」

小さな拳をこつんと突き返す。

「うん、いってくる」

不思議と肩から緊張の重さが抜け、体が軽くなった気がした。

 「一年三組、鶴崎みやびです。ベースをやっています。まだまだへたっぴですが聴いてください」

みやびの水色のフェンダーのボディがきらりと光ると同時に演奏が始まる。

まだまだ粗削りで小さなミスもあり、お世辞にもうまいとは言い難いレベルではある。

が…… 弦へのアタックの強さやスライドの際の独特のうねり。みやびにしか出せない音が確かに見えた。

何よりもこの空気感の中、自ら前へ出ることができるメンタルと負けん気の強さが碧音を唸らせた。

「そうそう、みやびはこうでなくっちゃ」

碧音は小さく呟き、満足げな笑みを見せる。

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