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射手と狼少年  作者: ささがき
4日目
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13/17

第11話 夢じゃない

 目を開けると、見慣れない天井が目に入った。

 外ではない。でも白狼館の天井ではない。

 反射的に布団をはね飛ばして床に飛び降りていた。

 部屋には誰もいない、はだしのままドアを開けて廊下に飛び出る。

 右は行き止まり、左は廊下で曲がり角になっている。

 通れるところを通るしかない。

 左に走り、角を曲がるとその先も行き止まりの廊下、でも扉がある。

 飛び込んだ先は居間のような広い場所で、別のドアが開いている。

 見知らぬ女性がびっくりした顔をしていたが、構わずドアをくぐると広くて明るい場所に出た。玄関だ。


 低い日差しが正面から差し込む玄関を飛び出す。

 濃い緑と、冬の淡い空。

 見たことのない場所だった。

 イィン、ブルルと動物の鳴き声がする。

(セキとハクだ)

 やっと現実の欠片をつかんでほっとする。

 でもまだ安心できない。

 騙されたんじゃないかとか、売り飛ばされたんじゃないかとか、そんなことはどうでもよかった。ただひとつだけを探す。

(アロウは?)

 どこかの庭先らしき場所を突っ切り、門扉をくぐる。

 道に出て左右を見回すと数軒の家がまばらに建ち、そのひとつの前で立ち話をする男が2人。

 片方は見慣れた黒っぽい長髪を肩に流している。

(――アロウだ!!)

 その瞬間、彼が振り返った。

「シン!?」

 その顔はびっくりしてはいたけど、都合の悪いものを見られただとか、失敗したというような感情は欠片もない。

 そのことに、ひどく安心した。他はどうでもよかった。

 アロウは相手にひとこと断りを入れてすぐに走ってきた。

 途中で脱いだ上着を手に、包むように腕を差し延べてくる。

 もう何度目かのそのしぐさに、シンは自然と体を預けた。外套にくるまれると、染みついた草っぽいにおいがした。扱っている薬草のにおい。森のにおいだと昨日知った。

「すまん、まだ寝てると思って……一人にして悪かった」

 なにも言葉が湧いてこない。ただじっと見上げると、アロウは困った顔をした。困らせたいわけではないのにどうしたらいいんだろう。

「すぐ終わるから……少し待てるか?」

「ん」

 声がうまく出なくて、首を振る。

 ほっとしたように表情を緩めたアロウは、シンの手を取って近くに積まれた木箱に座らせる。

「そうだ、これ。昨日食べ損ねたろ。腹減ってるなら食べて」

 そう言って小さな巾着と取り出して水袋と一緒にシンに握らせると、また走って戻っていった。

 ちらちら振り返るアロウの肩を、相手の男が冗談交じりに小突いている。

「なんだ彼女かよ」

「仕事の相棒だ!」

 失礼な、といった感じで抗議している姿を何とはなしに眺める。

 色々な出来事で飽和した頭でもわかることはひとつだけ。

(アロウがいる)

 夢じゃなかった。

 裏切ってもいないし、売り飛ばされてもいない。

 信じたいと思ったものが現実にそのまま残っている。はじめてだった。

 ほっとすると同時に、ぽろりと水滴が頬を伝った。


「こらっ!アンタなんて格好で飛び出してんだい」

 でん、と大きなおなかを揺らして中年女性がシンの前に立ちはだかった。

 さきほど飛び出してきた家の門から出てきたようだ。

 シンはその時、木箱の上で足をぷらぷらさせながら巾着の中身をかじっていた。

 夢のように甘い、木の実と蜂蜜を固めた菓子だ。

「かっこう?」

 首をかしげるシンに、女は手に持ったものを突き出す。

 厚手のガウンだ。

「外に寝巻のまま出るもんじゃないんだよ。せめて上着を羽織りな」

 女の視線に促され、シンはぼんやりと自分の体を見下ろした。

 着ていたのは昨日の服ではなく、襟ぐりからゆったりとした布地がひざ下まで続く……いわゆるネグリジェと言われるタイプの寝巻だった。

 『彼女か?』という先ほどの男の声が脳内でリピートする。

 じわじわと顔が熱くなる。

 自分がどんな風に見えているのか。

 鏡はないが、華奢な姿に女物の寝巻。路上生活のシンにだって、それはまずい姿だとわかる。ろくに服を着ていなかったシンだが、それで済んでいたのは見るからにそれが襤褸ぼろだったからで、寝巻で路地裏をうろうろする人間なんていない。

 ――そうだ、鏡。

 はっとして肩口に落ちた髪を見る。

 昨日染料が落ちてしまったのをアロウに見られて取り乱したことを思い出した。

(あれ……?戻ってる)

 髪色はいつの間にか黒に戻っていた。

 寝ている間に、アロウが染め直してくれたのだろうか。

 不思議と拒絶感はなく、ただ何の心配もいらないのだ、という安堵に包まれる。

 首元でちゃり、と金属が音を立てた。

 襟元から引き出すと、それは昨日の金属板の欠片だった。鎖に通され、ネックレスになっている。

 日の光にかざすと、不思議な文様が透けて見えた。

「こら、ちょっと。聞いてんの?それ着たらダイニングに来な」

 自分の格好を検めているシンを、待ちくたびれた女が促す。

 シンはきょとんと首を傾げた。

「ダイニング?なんで?」

 アロウはともかく、この女の人に何かしてもらう理屈はないのだけど。

 女はなにを当然のことをと言わんばかりにため息をついた。

「なんでって……朝ごはんに決まってるだろ!腹ごしらえしてから身支度して、外に出るのはそれからだよ!」

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