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射手と狼少年  作者: ささがき
3日目
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12/17

第10話 銀の国のみなしご

 冬枯れの林の中を踏み固められた土をたどって歩く。道は川沿いの緩やかな登り坂だ。

 荷物を満載した2頭の驢馬は、勝手知ったるという様子で引かなくても淡々と川上に向かって歩みを進めていった。シンは特にすることもなくて、赤茶のたてがみを揺らすセキの隣を歩くだけだ。

 それでも、シンにとってはすべてが真新しい。目を輝かせて右に左にと視線を移している。

 下生えにまばらに生えた木々の向こうで、時折川面がちらちらと光っていた。

 アロウが行く手を指し示して説明する。

「小さな小川が集まって大きな流れになる。だから流れてくる方向に歩けば、川は細くなるんだ」

「じゃあまたいで渡れるってこと?」

 シンは首を傾げる。水路くらいの細い川もあるということだろうか。

 ミニチュアサイズの川を想像してアロウは口元を緩めた。シンの発想は可愛らしい。

「一番奥までさかのぼればそうだろう。でも、村に行くのはそこまで行かなくても、小さな橋で渡れる場所があるんだ」

 森の中は静かで、二人と驢馬の足音を除けばあとは木々を揺らす風の音と川の流れ、それから時折なにかの鳴き声が響くだけだった。はるか頭上でピィーッという音が響く。

「あれはなに?」

「タカだろうな。空から小さな動物を狙って狩りをする。だから今はほかの動物は息をひそめていて鳴かない。ほら、あそこ」

 アロウは空の一点を指さす。豆粒ほどの黒い影が、ゆったりと弧を描いて飛んでいる。

 シンは眉をひそめて凝視する。見慣れないものは警戒心が先に立つ。

「……襲ってこない?」

「餌になるようなものを出していれば別だが、人間を直接食べに来たりはしない。それよりも危ないのは、四つ足の獣だ」

 道すがら、アロウは町の外の基本的な知識を伝えていく。

「危険が迫った時、無闇に逃げては道を見失う。獣は匂いで追跡してくるから、風上に回らないように気をつけろ。方角はわかるか?」

「ほうがく……えっと。ヒガシからお日様が上るとかいうやつ?」

「そうだな。日が昇る方が東、南を通って反対の西へ日は沈む」

 アロウは知らないことを笑わない。

 シンはこれまで知りたくても聞けなかった言葉の意味を、いくらでも聞くことができた。これはすごいことだった。

 心の内が好奇心と充足感で満たされていく。

「こら、浮足立たない。まずは身を守れないとなにもかも無駄になるぞ。知識も報酬も、生きていてこそだ」


 アロウはシンの興味に応えつつ、必要最低限の知識を伝えていく。

 危険が潜むサイン、救難信号の上げ方、ケガをしたときの処置など。

 外は何があるかわからない。付け焼刃でもどこかで何かが役に立つこともあるだろう。

「しないのが一番だが、ケガした場合の判断によってはさらに状況を悪くする。正しい処置をすることが肝心だ」

「うーん、ケガしたら舐めとくくらいしかできることなくない?」

 シンは頭の後ろで手を組んでぶらぶらと歩く。

 手綱を離されたセキがじっとりした視線を送ってくるが、素知らぬ顔だ。アロウはため息をついた。

「シン、舐めても傷は治らない。血を止めるのも舐めるよりは指で押さえる方が確実だ」

「えーっそんなことないよ?ちょっとくらいの傷ならすぐ治るもん」

「そりゃ体に備わった治癒力のおかげであって、舐めた効果じゃないと思うぞ」

 ぶーっと膨れるシンに気を取られているアロウに、隣を歩むハクが頭を押し付けた。ぐいぐいと川の方へと押してくる。

「わかってるよ。……シン、橋が見えてきた」


 川はいつの間にか町の表通りの道幅くらいに狭くなっていた。馬車が数台すれ違えるくらいの長さはあるが、下流に比べればずっと狭い。

 丸太を3本並べて縄や板で補強されたものがいくつか繋がれただけの、簡素な橋が架けられている。当然、手すりなどはない。

 雨天が続いていたからか、支柱に建てられた丸太が水に洗われしぶきを飛ばしていた。

「ゆっくり渡れば大丈夫だ。先に渡るから待ってろ」

「うん」

 シンがおとなしく頷いたのを見て、アロウはハクを促して橋へと進む。

 ハクが足をのせると、ガタリと音を立てて板がたわみ、丸太がギシギシと鳴る。

 丸太が折れたりしないかとハラハラして見ていたが、ハクはあぶなげなく橋を渡り切った。労うようにアロウが首を叩くと、嬉しそうに鼻を鳴らした。

 それを見たセキがせっつくようにシンの肩を鼻面で押す。

「なんだよ、お前もアロウに撫でてほしいわけ?」

 当然、とでも言うようにセキがふごふごと口を動かす。

「はいはい、じゃあ行くよー」

 引っ張るというほどの抵抗もないセキの手綱を持って、シンも橋に足を乗せる。板を渡しただけの足場や高い場所なら町にも時折あるので余裕だった。

「よっ……と」

 寄せ集めた丸太や板はでこぼこだらけでところどころ脆く朽ちかけていたが、その程度でバランスを崩すほどどんくさくはない。

(余裕、よゆう)

 などと思ったのが間違いだった。

 つる、と足元が滑った。雨で濡れていたという程度ではない。

「なっ……」

 町には少ない、苔や草の生えた丸太という環境が足元を狂わせた。

 慌てて体勢を立て直そうと掴んだ場所が悪かった。

 セキの手綱を思い切り引いてしまう。

 たまらずブオッと鳴いたセキが前足を浮かせ、後ろ足がドカドカと丸太を打ち鳴らす。シンは手綱に振り回された。

「あっ……」

 気が付いたときには手は手綱から放れて、空中に放り出されていた。

「シン!!」

 アロウの声が響いたが、どぼんという水音とともにすべての音が遠くなる。

 ぼこぼこと泡が舞う視界。一拍遅れて、差すような痛みが全身を覆った。冷たいのだ。驚いて開いた口を水が満たす。

「……!?」

 どうすればいいのかわからないまま、水を吸い込んだ鼻がつんとする。

 ――息ができない!!

 慌てて手を伸ばす。水面は頭のすぐ上にあるのに、なぜか遠い。

(なんで!?)

『水に落ちた時は浮いて待つんだ』

 川にはしゃぐシンにアロウはそう教えてくれたが、とてもそんな悠長なことはしていられない。

(どうしよう、なんで、どうして!?)

 思うように体が動かない。外套が絡みつくように引っ張られる。

(あ、服!!)

 慌ててピンをむしり取り、外套を外す。それでも浮かない。

 ごぼり、と口から呼気が泡となって昇っていく。

(やだ、取らないで……!)

 伸ばした手の先で、水面が遠くなっていく。命が目に見える形で失われていく。

 さすがにアロウでも水の中まではどうにもならないのか。

 それはそうだ、と頭の片隅が冷静に告げる。

 馬鹿なことをしたみなしごを助ける義理まではアロウにはない。

 だいぶ流されているのか声ももう聞こえない。

(外は危ないって、たくさん教えてくれたのに)

 こんなに簡単にしんでしまうのか。

 水に囲まれては涙も出ない。

(……たす、けて)

 その瞬間、重い水音が響いた。

 水面に大きな影が落ちて揺らぐ。

 シンは反射的にそれに手を伸ばす。硬い感触が指先にかかる。

 必死で掴むと、それは激しく浮き沈みを繰り返した後にわずかに浮きあがった。しがみつく。水面が割れる。

 ばしゃばしゃ、ざあざあという水音。音が帰ってきた。

「――シン!落ち着け!!つかまってろ!」

 何かぷかぷかと浮くものにシンは抱きついていた。

 木でできている、何か箱のようなもの。取っ手が付いていて……鞄だ、と気が付いた。

 後ろでアロウの声がする。

「すぐに行くから……っ、おい!」

 限界だった。手が緩む。ばしゃんと再び水音がした。

 落ちていく。真っ暗闇の底へ。


 そこは真っ暗な場所だった。

 右を見ても左を見ても、前も後ろも真っ暗闇。どこにも行き場所なんてなかった。

 ぺたりぺたりと幼い足音がする。

 小さい足で、子供が歩いている。シンよりも小さな、淡い髪色のきょうだいたち。

 みんなシンを振り返ることもなく、背中を向けて、ひとりふたりと歩み去っていく。

(ボクだけ。銀色なのも)

 ぐっとこぶしを握り締める。自分だけ仲間はずれなのは、生まれた時からだ。

 だから、なんでも一人で何とかしなきゃいけない。

 呼び止めたい気持ちを押し殺して、シンは両足を踏みしめて立つ。

「次はお前だよ」という声が絡みついた。大人の声だ。

「……おかあさん」

 振り向いたシンは、その言葉をありったけの憎しみのこもった声で吐き出す。

 大きな手が、視界をふさがんばかりに伸びてくる。

 まだ、まだ行きたくない。生きていたい。広い世界のどこかにきっとある、自由に生きられる場所が見つかるまで。

 ありったけの力を振り絞って、その手を跳ねのけた。


 真っ赤だった。ルビーみたいな、赤い瞳。

 至近距離で見たそれは、とても美しい色をしていた。

 ――だれかいる!!

 夢の残滓がシンの体を突き動かす。

「……!はなしてっ!!」

 弾かれたようにシンは飛び退る。

「まっ……いてっ!!」

 追いすがる手を思い切り引っ搔いて逃れた。肉を引き裂く嫌な感覚が手に残るが、容赦する必要なんてない。

 ありったけの空気を絞り出して威嚇の声を上げる。

「近寄んな!!食いちぎってやるから!!」

「落ち着け!なにもしない。……呼吸があるか確かめただけだ」

 ぜえぜえと肩で息をして膝をつく。何か言われているが中身なんてほとんど頭に入ってこなかった。

 ただ、声は動揺を含みつつも乱暴な雰囲気はない。手は追いすがっても来ない。

 ほっとしたと同時に呼吸が乱れた。げほげほとせき込むと水とも吐しゃ物ともつかないものがあふれ出る。鼻水も止まらない。

 出すだけ出して落ち着くまでの間、相手は逡巡しながらも待つことにしたらしい。

 ようやく周りが見えてきた。

 川の音が遠い。そこは森の中だった。

 きっと睨みつけると、長い髪を乱したずぶ濡れの青年が慌てたように後ずさる。

「な、なにもしてない!本当に!!」

 何もしていないにしては随分と挙動不審だ。

 身の回りを確かめる。

 水浸しの生成りのシャツとズボンが張り付いて気持ち悪かった。足は裸足だ。

 外套は……自分で脱ぎ捨てたんだった。

 この服は、アロウが買ってくれたものだ。

 アロウ。赤い目の、風変わりな冒険者。

 視線を上げると、目が合った。

「だいじょうぶか……?」

 心配そうな声が耳に届く。怒っていない。今日もまた。

(……たすけてくれた)

 ごろつきたちから。奪うことしかしない大人から。危険な川の流れから。

 胸が苦しかった。視界がにじむ。

 うつむいた拍子に、髪が零れ落ちた。

 白銀の、髪。

 はっとして顔を上げる。

「どうした?」

 アロウはきょとんとした顔をしてみせる。

(見られた。秘密を見られた!!)

 もう駄目だ。ぶるぶると手が震える。

 せっかく……せっかく、全部うまくいきそうだったのに。居場所が見つかると思ったのに。

「……見たな」

「え?」

「売り飛ばそうったってそうはいかないから!」

 激昂するシンを前に、アロウは訳が分からないといった様子で言い訳する。これが演技なら、大した詐欺師だ。シンがかなうわけなかった。

「落ち着け、売り飛ばすって……あっ。」

 途中で思い出したように慌てて言い訳を始める。

「あれは一人前になったら売り込むって話で、今すぐどうこうとは」

「とぼけんな!!」

 処置なしといった様子でアロウが肩をすくめる。何を言っても無駄そうだ。

「親切なふりを続けて、売り飛ばす気だろ!」

「売り飛ばさない」

「うそつけ!」

「うそじゃない」

「ううー……」

 落ち着いたままひとつひとつ答えるアロウに、だんだん言うべきことが見つからなくなってくる。

「心配なら、これ持ってろ」

 カランと音を立てて目の前に何かが転がってきた。

 びくっと飛びのくが、それはただの物だ。それ以上動かない。

 こわごわ手に取ったそれは、銀色の短剣だった。

「何かされると思ったらそれで刺していい」

 何でもないことのようにアロウは笑った。


「なんで怒らないの」

「俺が怒るようなことなんかあったか?」

 焚火を起こしながらアロウが言う。

 いっぱいあるでしょ、とシンは思ったがアロウは本当に何も怒っていないらしい。

 ヒーッ、と木陰に繋がれた驢馬がいなないた。

 セキがこちらを見ている。何かたしなめるような目をしているように感じるのは気のせいだろうか。

(……わかったよ)

 しぶしぶシンは小さな声で呟くように言葉を絞り出す。

「……ごめん」

「うん。無事でよかったよ」

 目を細めてアロウが笑う。

 ほっと胸が軽くなった。

 ケンカなんてしたことがないし、仲直りの経験なんてもっとない。はじめてだった。

 改めて見ると、アロウは随分とひどい格好だった。

 シャツははだけていたし、木の枝に引っ掛けた外套と転がったブーツの周りは水浸し。

 ハクの背中から毛布を下ろしてきたかと思うと、シンにかける。

「あんたは?」

「俺はいいよ。すぐ乾く」

 そう言ってシャツを脱ぐと枝に引っ掛けて火の傍に差して、すぐに戻っていく。

 パチパチと赤い火の粉が爆ぜる。

(あったかい)

 赤はあったかい色だ。

 アロウの側も温かい。すごく。

「……へくしゅっ」

 セキの背中の荷物をいじっているアロウがくしゃみした。

(やっぱり寒いんじゃん) 

 驢馬たちが呆れたように左右から頭突きを食らわせていて、シンは少し笑ってしまった。

 アロウと目が合ってどきっとした。

 いつも下ろしている長い髪は、今は濡れているせいか全部後ろに流している。

 露になった顔は思ったより若く、そしてシンから見れば「外つ国の人」といった風貌で……

(そういえば、遠い国から来たって言ってたっけ)

 いつも髪を下ろしているのはそのせいだろうか。

 ただ、それを目のあたりシンは特に何も思わなかった。

 赤い目がきれいだな、と思うだけ。

 アロウはその目を細めて柔らかく笑う。

「俺の目の色、よその国では『悪魔だ』なんて言われることもあるんだ。まっすぐ目を見てもらえないことも結構ある。怖いってな」

「ええ……なにそれ」

 アロウはちっとも怖くない。強いしなんでもできるけど、めったなことで怒らない。

「髪や目の色なんて、国によって結構違うんだ。ここで暮らしづらいなら、他の国に行くという方法もある」

「冒険者ならそれができる?」

「冒険者に限らず、他所で通じる能力があれば」

「……そっか」

 初日でこんな失態では一人前になるにはどれだけかかるかわからない。それでも、ほんの一筋希望が見える気がした。アロウがいてくれるなら。そう思えた。

「よいしょっと」

 アロウは焚火の前に座り込むと、火の側に包みから出したものを差した。今度は服じゃない。

 何か茶色いものが刺さっている。

「なにそれ?」

「ん?堅焼きパン」

 じりじりと炙られるパンを前に、木の板の上で何かを刻み始めた。

 最後に小瓶を取り出すと、中のとろりとした黄色っぽい液体をかけて混ぜ合わせ、パンに塗る。

 香ばしい香りと甘い香りが同時に立ち上った。

「な、なにこれ……?」

 おいしそうな予感しかしない香りだった。口の中が期待でいっぱいになる。

「木の実と蜂蜜を混ぜた」

「ハチミツ?」

「食べたことないか……砂糖みたいなものだよ。菓子を作るのに使ったりする」

 菓子。縁のない食べ物だ。

 シンにとって甘いものといえば運がよくて熟して崩れた果物の切れ端くらいだ。

 ぽかんとするシンに、アロウは小瓶と小さじを渡す。

「一口舐めてみていいぞ」

 とろりと揺れる黄金色の液体は、焚火の光につやつやとした輝きを宿す。

 初めて見る食べ物に口に入れて大丈夫なのかという警戒心がないわけではないが、ふわりと立ち上る甘い香りが勝った。

 そーっと口に運ぶ。

「……!!」

 甘い、という言葉が塗り替えられるようだった。

 それまで知っていた甘いという言葉の数倍、数十倍は甘い。

 びっくりした顔で固まっているシンをアロウは満足げに眺めてパンの棒をくるりと裏返す。

「ナッツと混ぜると香ばしさと合わさってさらにうまい。もうすぐ焼けるから待ってろ」

「これ何……?金貨でできてるの?」

 すごく高そう、とシンは心配顔になっている。

「花の蜜だよ。蜂ってわかるか?虫が集めて巣にため込んでるのを取ってくる。それが蜂蜜」

「高くない?」

「砂糖よりは高くないかな。この近くの村でも蜂蜜を取ってる村があるから」

「ふ、ふーん……」

 シンはちらちらとパンを見ている。かなりお気に召したらしい。

「これを食べて、服を乾かしたら帰ろう」

「えっ?」

 シンの動きが止まる。

「なんで?」

「なんでって……溺れかけたんだぞ。体に負担がかかってる」

 みるみるうちにシンの表情が曇っていく。

 アロウは困った顔で説得を試みる。

「戻って月宵亭の店主に見てもらった方がいい。荷運びの仕事は明日俺が」

「やだっ!!」

 ばっとシンが立ち上がった。ころりと蜂蜜の瓶が転がる。

「せっかく、せっかく外に出れたのに!」

「シン、外ならいつでも」

「いつでもじゃない!!明日生きてるかもわからないのに!」

 アロウが眉を寄せて難しい顔をする。

 きっとアロウにはわからない。今日がどんなに特別な日か。

「次何かあってもアロウは助けなくていいから……!」

「シン、そんなことは」

「死んじゃってもいいから、あそこに戻さないで!」

「シン!!」

 強い力に引かれて、シンは倒れこんだ。

 頭の上からアロウの声がする。

「明日も明後日もその先も、お前はちゃんと生きていくんだ。俺がきっと連れていく」

 衣擦れの音がして、大きな腕に包まれる。真っ暗な水底に沈みかけた時、引き上げてくれた腕だ。

 静かな声が降ってくる。どうしてだろう、悲しみが降り積もったような声だった。

「だから……死んでしまうなんて言うな」

 なぜだかわからないけれど、その声には真実味があった。

 それでも反射的に聞いてしまう。

「ほんとう?嘘じゃない?」

「ああ。約束しよう」

 そうだ、とアロウが片手で服を探る。

「約束の魔法がある」

「まほう?」

「誓いを立てて、約束したことを破ったら悪いことが起こる、そういうおまじないをかける」

 そう言って取り出したのは、小さな金属板だった。

 どこかシンの髪色のような不思議な輝きを宿す銀色の板。

「この約束に限っては嘘はつけなくなる。これで安心だろ?」

「悪いことって?大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、その日一日ちょっと運が悪くなるだけ、椅子に足の小指をぶつけたりとか」

「うん……?それは大丈夫なの?」

「平気平気、これ以上俺の運は悪くなりようがない」

「ええ……」

 アロウの軽い物言いに胡散臭いものを見る目に戻ったシンをよそに、アロウは銀板に手を当てて何事か呟く。外つ国の言葉だろうか。

 そして改めて約束の言葉を口にする。

「えー、俺……"銀の国"のアロウは、シンに知識と技術を継承し、独り立ちまでの守護を与えることを誓います」

「"銀の国"?」

 聞きなれない言葉に首をかしげるシンに、アロウが銀板を差し出す。

「外つ国の名前さ。ほら、そっちから手を当てて」

「う、うん」

 促されてシンが手を押し当てると、二人の手に挟まれた銀板からふわりと光がにじみ出した。

 青く神秘的な光だ。

「わ……」

「これをあとで半分に割ってそれぞれ持つ。それで契約完了だ」

 アロウの話もそこそこに見上げるシンの視界に、別のものが写りこむ。

 それは青い蝶の群れだった。

 光とともに蝶の群れが森に舞い上がる。

「きれい!」

 蝶を追って立ち上がるシン。幻想的な光景に夢中になる姿はもうすっかり元気になっていた。

 焚火から離れすぎそうになって、セキが服の裾をくわえて捕まえている。

 ほっとしながらあと追いつつ、アロウは蝶の群れの現れた方向を振り返る。

「モルフィーナ……森の掃除屋がどうしてこんなに」

 胸騒ぎを覚えて森の奥に目を凝らす。

 ハクがアロウを呼ぶようにいなないた。

「今行く。……服が乾いたらすぐ出立しよう」

 冬の日は低く弱弱しく、早くも林の縁に降りてこようとしていた。 

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