8 ア・バオア・クー
『古き時代の話だ。一つの塔があった。その塔は頂きを目指す人に一つの試練を課すとされていた。
試練の内容自体は簡単だ。ただ登れば良い、簡単だろう?螺旋状に走る階段に沿って上へを目指すだけだ。
それを登りきれば数多の宝物を手に入れたり、人の理解を超えた叡智を会得できるとか、噂は様々だ。
しかし、塔に挑み戻ってくるものはいなかった。そこには人の欲を餌に彼らを食らう怪物がいたからだ。
その怪物、名はア・バオア・クーと呼ばれていた』
「家の霊、いやア・バオア・クーと呼んだほうがいいか?」
俺は忌々しいそうに呼びかける。
彼の嘲笑いを表現するかのように階段の通路全体がゴゴゴと揺れる。
揺れに耐える俺に何処からともなく声が響き渡る。
「馬鹿な狩人よ!お前の正体を知らないと思ったか?」
ア・バオア・クーは更に続ける。
「お前には此処で死んでもらうぞ!」
罠に嵌めたことに上機嫌になるア・バオア・クー。
やれやれ、これじゃあ少し前にレッドキャップに言った事がそのまま俺に帰ってくるな。
コボルトを家の主と思い油断をしてしまったな。
「まず一つ聞きたい。俺を殺す理由は?」
「なに、理由はありゃせんよ。試練を課すのが儂の存在意義なだけじゃよ」
ふむ、それはそうだな。
本質に従うのがあるべき姿だからな。
蛇に噛むなと言ってもしょうがない事と一緒だ。
「試練の失敗の代償は命というわけか」
「その通りじゃ」
「命を奪うために試練を課しているようにみえるが?」
「結果的には一緒じゃよ、細かい事は抜きじゃ。ホホホ」
どんでもないやつだ。
ア・バオア・クーの実物を見るのはこれが初めてだがここまで血の気が多いとはな。
伝承と違う部分が多く見られるのも気になるな。
「試練の内容は?教えてくれ」
「簡単じゃ!ここから脱出すればいいんじゃ!」
「シンプルだな。成功したら何か宝物でもくれるのか?」
「命以上の宝物も無かろう?欲しいのなら頑張るんじゃぞ!」
思った以上に弁が立つな、詭弁だがな。
しかし状況は良くないな。
降りても意味がないなら登ってみるとするか。
俺は振り向き上の段に足を乗せると一段登る。
その瞬間になにか違和感を覚える。
その違和感を確かめるべく更に歩を進める。
登るに連れて小さかった違和感は徐々に大きくなり始める。
違和感はついには確信と呼んでも差し支えないような存在感にまで変化した。
俺は軽くため息を漏らすと後を振り返てみる。
そこには人の形を模した黒い影、あるいは黒いモヤのような、なんとも名状しがたいものが立っていた。
背丈は俺と同じぐらいだろうか?
しかしまるで触手のようにうねり、蠢くそれはなにか本能的な嫌悪感を覚えさせる。
二つの爛々と赤く光るあれは目だろうか?
自然が灯しだす温もりを与える光とも違う。
人々が作り出すような闇を払い、安心を作り出す人工的な光とも違う。
それは自分の暗い部分を暴けだすような地獄の炎とても言うべきか、恐怖を覚えさせるような眼光だ。
その影は何をするでもなくただこちらを見つめている。
ア・バオア・クーは語りかける。
ただし今回はしっかりと面と向かってだ。
「どうした?怯えてるのか?ヨエルよ」
黒い影の存在しない口から出たそれは紛れもなく俺の声だった。




