9 ア・バオア・クー2
『家の霊と思われていた存在のその正体は無形の化け物ア・バオア・クーであった。伝承に拠れば奴は塔が用意した試練の一つであり、試練を捻じ曲げて人に害を及ぼすような存在ではないはずだが…
今は先ず試練に集中しなければ生き残る事は出来ないだろう』
「どうした、ヨエルよ?」
ア・バオア・クーが挑発をする。
日に焼けた肌に黒い髪。
白のボタンシャツに茶色のズボン、使い古された茶色のコート。
奴は俺にそっくりに化けやがった。
「どんな恐ろしい化け物になるかと思えば俺になるとはな」
「気に入ってくれたか?」
自分の声を聞かされるのはなんとも不思議な気持ちだ。
俺は暫く彼を観察してみる事にしてみたがこちらを見るばかりで何も行動を起こさない。
試しに一段と階段を下ってみるとア・バオア・クーも一歩後退をする。
それならと今度は階段を一段登ると奴は先程よりも僅かに俺との距離を縮めて来た。
「降りても意味はなく上に戻ろうとすれば追いつかれるという事か」
「さぁ、どうする?ヨエル」
ア・バオア・クーは不敵な笑みを浮かべ、両手を広げながら俺に訪ねる。
芝居かがった態度を取る奴はこの状況を楽しんでいる様子だ。
このままではどうしようもないのも事実だ。
取り敢えず相手を探ってみるとしよう。
「ア・バオア・クーよ、俺が動かなければどうするつもりだ?」
「なにもしないさ」
「そうか。あまりフェアな試練には見えないが?」
「それは俺に言われても困るな」
この試練内容は奴の意思とは関係ないという事か?
人を騙したり、化かしたりする事もあるがこういった種の妖精は彼らの持つ本質には逆らえない。
ア・バオア・クーの場合なら奴の本質は人々に試練を課す事だ。
そこに自分の意思で不正をしたり、試練内容を偽ることは出来ないはずだ。
「ちなみに聞いておくが追いつかれた時、俺はどうなる?」
「勿論、死だ」
そこは想定内だ。
しかし俺はなにか、大事ななにかを見落としてる気がする。
奴の言葉の真意を考えなくてはならない。
今、この偽りの空間では奴の言葉だけ真実だからな。
「わざわざ俺に化けたのはどうしてだ?」
「俺は無形だからな。わかりやすい方がいいだろう?」
「ではその姿に意味はないというのか」
「意味はないかもしれんな、しかし意義はある。」
その瞬間、俺の姿を象ったア・バオア・クーの輪郭が一瞬揺らめいた。
俺は直感に似たなにかを感じた。
俺はア・バオア・クーに問いを続ける。
「この階段にも意味はないように感じるが?」
「舞台装置みたいなもんさ」
「随分と役者じみてるな」
「嫌いじゃないだろ?」
「悲劇に終わらなければ嬉しいんだがな」
…これは俺の仮定が正しく思えてきたな。
さぁ、最後の確認と行こうか。
「ア・バオア・クーよ、ヨエルに追いつくとどうなる?」
「勿論死だ」
「そうか」
「他に質問はあるか?ヨエルよ」
「いや、十分だア・バオア・クー、いやヨエルよ」
面白い試練だった。
そう零してから俺は勢いを付けて階段から飛んだ。




